阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「テストモニター」月山枝葉

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2020.12.09

第69回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「テストモニター」月山枝葉

 朝、目を覚ますと、ちゃぶ台の上に小包(こづつ)みが置かれていた。
 男は首を捻(ひね)った。こんなものを置いた記憶がない。だが、昨日は酒に酔って家に帰ったので、そのせいだろう。そもそも、帰ってきた記憶もない・
 封を開けると、三つ折りの紙と小さな冊子、それから片手に収まるぐらいの小さなリモコンが入っていた。送り主はA社とある。
 リモコンは変わっていて、中央に大きなボタンがひとつあるだけの簡単なものだった。
 三つ折りの紙を開くと、「おめでとうございます」という単語が目に入った。読んでみると、新商品のテストモニターに選ばれたらしい。そんなものに応募した覚えは、男にはなかったが、きっと酔っているうちに応募したのだろうと思った。
 冊子のほうはリモコンの取扱説明書だった。とりあえず読んでみる。
「『運勢リモコン』の使い方。ボタンを押すと自分に幸運が、リモコンを対象者に向けてボタンを押すと、その人に不運が起こります。強弱はあなたの念じ方次第。ただし……」
 男はそこまで読んで、説明書をゴミ箱のなかへ放り込んだ。
「ばかばかしい」
 男は苛立ちながら出勤準備を済ませると、アパートを出た。
 途中で缶コーヒーを買おうとしてポケットのなかを探ると、違和感があった。財布以外にもなにかある。
 取り出してみると、例のリモコンだった。
「家に置いてきたはずなのに」
 不思議に思ったが、それ以上に好奇心が湧(わ)いてボタンを押した。説明書どおりなら幸運が起きるはずだ。
 支払いを済ませ、財布をポケットにしまうとき、失くしたと思っていた二万円が出てきた。
 そして男は思った。これがリモコンの効果なのだろうか。
「まさかな……」
 浮かんできた考えを振り払うようにして、男は会社に向かった。
「この資料、間違えてますよ」
 出社するなりそう言ってきたのは、男より一回り以上も年下の後輩社員だった。仕事はできるのだが、自分の有能さを鼻にかけるところがある。
「ああ、すまん」
「気をつけてくださいよ」
 去っていく後輩の背に向かって舌打ちをする。そしてこっそりとポケットのなかのリモコンを向け、ボタンを押した。
 すると、後輩のデスクの電話が鳴った。クレームが入ったらしく、平謝りしている。
 男は上司に呼ばれた。この上司は男のことが気に入らないらしく、なにかにつけてネチネチと嫌味を言うのだ。いつもは内心イライラしながら聞き流しているのだが、今日の男は違った。
 このリモコンは本物だ。
 そして男は、上司の嫌味などうわの空で、ポケットのなかのボタンを押した。もちろん、上司に向けて。
 その日、上司は会社の階段から足を滑らせて、全治一か月の大ケガを負った。
 一年後、男は一等地にある高層マンションの最上階から街の夜景を見下ろしていた。
 仕事を辞めた男は、会社を立ち上げ、リモコンを使ってどんどん大きくしていった。自分の運気を上げて利益を得るのはもちろん、ときにはライバル社の社長の運気を下げて倒産に追い込んだこともある。この一年で、男の生活は一変した。
 不意にインターホンが鳴った。エントランスに来客がきたのだ。確認すると、スーツ姿の見知らぬ若者だった。
「なにか?」
「私、A社の者です。リモコンのメンテナンスに伺いました」
 部屋に来た若者にリモコンを渡すと、彼は言った。
「お客様、申し訳ございません。メンテナンスというのは嘘です。このリモコンは回収させていただきます」
「なんだと。どういうことだ」
「正直に話せば、リモコンを返していただけないと思いまして。それに、もう寿命です」
 たしかに、こんなに便利なリモコンを素直に返すはずがない。しかも、寿命と言うが一度も故障したことはない。
「ふざけるな。リモコンは渡さん」
 掴みかかろうとした男の視界が揺れた。
「説明書をお読みになっていませんね。このリモコンは電池で動いているわけではありません。では、なにを消費して動いているのか」
 男は、朦朧とした意識のなかで、かすかに若者の言葉を聞いた。
「動力源はお客様の寿命です」
(了)