阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「見えない背中」藤岡靖朝

  • 結果発表
  • 文芸
  • 会員限定

2021.01.08

第70回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「見えない背中」藤岡靖朝

 季節の変わり目のせいでもなかろうが、私の体は何らかの変調をきたしていたのかもしれない。今までは見えなかったものが見えるようになった気がするのは何とも不思議な気分である。たとえば街を散歩してみると……。
 前を歩く男性の背中には大きな白いラベルが貼られていた。そこにはこう書いてあった。
『国立大卒30才・中小製造業係長職・年収400万程度・5年間交際中の彼女ありも結婚へ踏み出す余裕がなく未だ求婚に至らず・』
 何だ、これは?
 最初の方を読んでいるとまるで結婚相談所に出す釣書の文句のようにも思えたが、続きを見ればそうではないことは明らかだった。
 どうしてこんな個人的なことをラベルに書いて背中に貼って歩いているんだろう?
 ふと周りを見ればその前を行く女性の背中にも同じようなラベルが貼ってあった。
『40才派遣社員歴10年の独身女・実はバツイチ・DV夫からは何とか逃れたものの貯金もほとんどなし・将来の不安を抱える毎日・』
 これはもう本当だったら隠しておきたい個人の秘密めいた内容ではないか。当の個人の名前は出ていないからどこの誰かはわからないとはいえ、知っている人に出会ったらどうするのだろう。
 さらに先を歩く若者の背中にも同様のラベルがあった。
『やっと某大に入学したボンクラ息子・親の仕送りは遊ぶ金に消え日常的に金欠・ネットの裏チャンネルの闇バイトで稼いでいる・』とあったが、おいおい、これはマズイだろう。こんなのを背中で知らせていたら警察だって黙って見過ごすわけにはいくまい。
 別の女性には、
『タワマンに住むセレブ気取りの主婦・夫の浮気が発覚してモメているが、実のところ自分自身も不倫中で夫婦関係は空中分解寸前・』というラベルが貼ってあり、年配の男性には、
『定年退職後は趣味も友人もなし・年金の支給日にはパチンコ屋へ直行・ヒマなときは手ぶらでスーパーをうろつき時間をつぶす・』とラベルに書かれていた。
 あるいはまた、別の人の背中には、
『末っ子の負い目のある三男坊・親の遺産相続で長兄と次兄との間で骨肉の争い中・それぞれの嫁が勝ち気で参戦し泥仕合の模様・』などとあったり、
『部下を一方的に怒鳴り散らすパワハラ上司・自分がいちばんエライと思い込んでいる・夜は飲み屋の女の腰に手を回すのが好き・』と書かれた中年男性もいる。
 背中にラベルが貼られているのは大人だけではなかった。
『家も学校もドロップアウトしたスマホ依存の中2女子・出会い系サイトで知り合ったどこかの誰かとドライブしたり親密交際中・』とあるのは心配になってくる状況だ。
 気がつけば街を行く人はみな背中に同じようなラベルを貼っているではないか。いったいいつから人々は自分のプライベートなことをラベルに書いて背中へ貼るようになったというのだ。
 いや、人は誰しも他人の背中は簡単に見ることが出来るけれど、自分の背中は容易に見ることが出来ない。背中のラベルはその人が書いたものではなく、自分以外の誰かが書いたものなのだ。貼り付けられたそれを知らないままに毎日人は生活しているのだろう。
 また、前を歩く人たちの背中が見えた。
『真面目そうな顔をした変質者・頭の中には欲情的な妄想と願望が充満・出会った女性や見かけた女性は全て眼でレイプしている・』
『金銭へのこだわりが強い・出す金は一円でも惜しいというケチな女・タダで物を手に入れ人からおごってもらうことが生きがい・』
 こんなひどい言葉を自分で書けるわけがない。やはり世間の誰かがラベルに書いて背中に貼り付けているのだ。ちょうど喫茶店で気の合う者同士が、決してその場にいない誰かのことを時にはヒソヒソと時には声高に、根も葉もないウワサ話や口悪い評判も含めてあれやこれやと言い交わし嘲笑したり貶めたりするときの悪意のかたまりのような文言がラベルに記されているのであろう。
 街を歩く人は他人の背中に貼られたラベルをわざと見ないように無視しているのかもしれない。なぜならその人自身も誰か他人の背中にとんでもない誹謗中傷を書いたラベルを貼り付けているからだ。
 そして私の背中にもきっとラベルが貼られているに違いない。そこにはどんな悪口雑言が書かれているのか……。その内容が本当のことであったらそれはそれで恥ずかしく辛いし、全くのデタラメであったら腹立たしいのはいうまでもないが、世間の人がそれを見て私をそういう人物だと信じてしまうところを想像するとゾッと恐ろしくなった。
 しかし、私には自分の背中に貼られたラベルは見えない。
(了)