阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「モニカ・ラティーナ ラテン系の恋人」たやすもとひさ

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2021.02.09

第71回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「モニカ・ラティーナ ラテン系の恋人」たやすもとひさ

「ごめんね、待たせちゃって」
 モニカが駆けて来る。約束の時間から三十分ほど経過している。正確には二十八分三十四秒。ぼくは十分前に来ているから、もう三十八分は待ったことになる。寝坊して慌てたのだろう、口紅がちょっとはみ出ている。
「今日はどこに行くの?」
 彼女はぼくの腕につかまって、弾力のある胸を押し付ける。
「今日は・・・」
 ぼくがデートプラン(ただし、すでに三十分押している)を話そうとすると、モニカは思いついたように言った。
「あ!そういえば新しくできた雑貨屋さんがあるの。家具とかアクセサリーとか見ない?あなたの好きそうな文房具や本もあるかも。素敵なカフェもあるの!」
 彼女の太陽のような笑顔を見たら、ぼくはそれに従うしかない。ぼくが一週間かけてたてた計画は、次回に延期になった。まあ、次回だってないかもしれないが。

 ぼくはスイス生まれ。時計職人の父、銀行員の母を持つ。だから、時間やお金には細かい。よく言えば几帳面、悪くいえば神経質。金髪で青い瞳、やせていて青白い肌、好きな音楽はバッハ。
 そんなぼくの前に。ある日モニカが現れた。グラナダ生まれ、マドリード育ち。明るく大雑把、細かいことは気にしない、典型的なラテン系。美しい褐色のウェーブした髪と大きな瞳、ぷるんとした唇、小麦色の肌、大きな弾力のある胸と、くびれたウエスト、サバンナを駆け抜けるインパラのような細くて長い足、好きな音楽はサルサ。
 いつもデートに遅れるし、ぼくのプランを思いつきでひっくり返す。でも、ぼくはそんな無邪気な彼女が愛おしくてたまらない。
 モニカとぼくは、まるで正反対。彼女は暗くジメジメしたぼくを照らす、南国の太陽なのだ。
 雑貨屋でターコイズの小さなネックレスと黄色い平皿、ペアのマグカップを買って、カフェでランチ。パエリアと白ワインを頼んだところで、モニカに電話がかかってきた。彼女がバッグからスマホとシステム手帳を取り出す。
「ちょっとごめんなさい」
 電話をするために席を外し、テーブルには分厚いシステム手帳が残された。
 ルーズなラテン系のモニカがスケジュール帳を持ち歩いているなんて。見栄を張っているとしか思えないが、彼女だって「できる女」に見られたいのだろう。どうせ白紙なんだろうと、手帳を開いてみた。ところが、そこには細かい文字でスケジュールがびっしりと書き込まれていた。無数の付箋に、三色のアンダーライン。
 今日の日付を見てみると、天気予報、お天気にふさわしい服、バッグ、アクセサリー。そして、ぼくが喜びそうな店、その電話番号、ランチの時間、おすすめメニューと値段。
 そして、デートの待ち合わせ時間に何分遅れるべきか、『三十分以上だと待たせすぎ、二十八分で』と分単位で書いてある。『人から好かれる明るい笑顔の作り方』をイラストで解説。しかも『あわてんぼうに見えるよう、可愛らしく口紅をはみ出させる』とまで!
 ぼくは、慌ててシステム手帳を閉じた。モニカが戻って来た。鏡の前で練習した完璧な笑顔で。
「ねえ、素敵なお店見つけちゃった。行ってみない?」
 カフェを出てブティックに連れていかれる。偶然見つけたように振舞っているが、システム手帳にはこう書かれてあった。『カフェの向いのブティック、おねだり可能な値段のサマードレスあり』
「あ、このドレス素敵!ねえ、試着してもいいかな?」
 几帳面に計画されたモニカのデートプランは、計画されていないように感じられるように、綿密に計画されていたのだ。
 セクシーでおおらかなラテン系の女『モニカ・ラティーナ』は、作り上げられた虚像だった。だが、ぼくが幻滅したかというと、そんなことはない。モニカが素敵なラテン系の恋人であることには変わりはない。出来あがりが完璧であれば、レプリカとオリジナルに何の違いがあるというのだ。
 それどころか、ぼくにだってラテン系男子になれるということがわかったのだ。もちろん、綿密な計画が必要であることは、言うまでもない。まずは、日焼けサロンでどの波長の紫外線を何分、週に何回浴びればちょうどいい自然な小麦色の肌になれるか調べなければ!
(了)