第78回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「お楽しみ会」瀬島純樹

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2021.09.09

第78回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「お楽しみ会」瀬島純樹

 お隣さんが、引っ越してくると、ご近所へのご挨拶ということで、玄関のポストに、挨拶状と粗品が入れてあった。
 挨拶状には、町内の皆さんと仲良く暮らしていきたいこと。毎月一回程度、お楽しみ会を開くので、よろしくお願いします、と書いてあった。
 しかし、はじめての、その会と思われる日、お隣さんの自宅を、すっぽり取り囲むように、白い幕が張られたのには、さすがに面食らった。
 しかも、まわりからは、けっして見えないように、隅々まできっちりと白い幕でおおわれていた。
「お楽しみ会とは聞いていたけど、まさかこんな仰々しくやるなんて、おまえは、聞いていたか」と亭主がため息まじりに聞いた。
「あたしだって、思いもしなかったわよ」と戸惑った表情のかみさんが答えた。
「いったいどんな会だろうか」
「作法に厳しい茶道とか、アートの集まりかしらね」
「いやいや、あの幕の張り方だ、ひと目をはばかるあやしい会かもしれないな」
 それでも初めのころは、いつか自分たちも会に参加させてもらおうか、と顔を見合わせて、夫婦で面白がっていた。
 月に一度と思っていたお楽しみ会は、開催の間隔が、だんだんせばまって、今では、白い幕はほとんど常設になっていた。
 幕が張られる範囲も、徐々に広がって、敷地の境界すれすれになり、見る見るうちに境界を越えてきた。
「あなた、お隣さんに、なんとか言ってくださいよ」
「どうしたんだ」
「うちの庭に入り込んで、幕が張られていると思って、今朝、庭に出てみたら、庭の木を勝手に場所を移して、植え変えてあるのよ」
「えっ、ほんとうか」
「見てごらんなさいよ」
 かみさんの怒りをおさえた顔を見ながら、亭主も、困り果てた表情をうかべて、庭に出てみた。確かに、もともと植えてあった場所から、木はきれいに動かされていた。
 庭では一番高価ないい木だ。その木を勝手に動かすなんて。もちろん亭主も憤慨した。しかし、その木を見上げて気が付いた。
「ああ、もとの場所では、かなりお隣さんにとびだしていたかなあ」
「そんなに、出ていたかしら」
「たぶん、幕を張るときには、じゃまになっただろうな」
「あらまあ、ずいぶん心のひろいこと」
「お隣さんも、この町の近所づきあいに、慣れてないんだよ」
「そうかしら、常識でわかりそうだけど」
「それにしても、いとも簡単に移植するなんて、まさか、お隣さんは植木職人かなあ」
「さあ、どうかしら」
 亭主は、町内のことだから、ことは穏便に済ませたい。ごたごたは避けたい。
「おまえから、お隣さんに言っといてくれよ」
「それがだめなのよ、いつ行っても、お隣さんは、留守なのよ」 
「お楽しみ会のときには、おられるだろう」
「それがね、玄関にも幕が張ってあって、入り口がふさいであって、入れないの」
 翌日、二人が外出から家にもどってくると、鍵を掛けたはずの玄関のドアが開けられ、家の中に白い幕が入り込んでいた。
「なによ、これ、ひとの家に勝手に入り込んで、もうこれは犯罪よ、通報しましょう」とかみさんは、いきりたつ。
 亭主は家に入って、部屋の幕の様子を見ながら、感心したように、
「ちょっと待った、見てみろよ、こんなに部屋という部屋の中まで張りめぐらして、すごいじゃないか」
 明らかに、そこは想像を超えた別世界になっていた。あっという間に、かみさんも、亭主も、視界のすべてを、白い幕に包まれるように取り囲まれ、からだは宙に浮いた。
 ここがどこなのか、わからなくなり、気持ちよくなってきた。今までに経験したこともないリラックスした新鮮な気持ちだった。
「あなた、どこにいるの」
「幕の、こっちだよ」
「こっちって、どこなの」
「まあいいじゃないか、今は、気持ちのいい幕の中で楽しもう」
「そうね、これがおたのしみ会かしら」
「そうだろうな」
「でもお隣さんって、どんな人かしら」
「どうも、地球からの移住者じゃないかもしれないな」
(了)