時事ネタを書くなら(2020年12月9日更新)

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2020.12.09

時事ネタはダメ

この連載も、紙の時代を合算すると実に20年を越え、けっこう似たようなことを書いていると思うし、新人賞を狙う人は大半が読んでいると思うのだが、どうも最近「公募ガイド」誌に送られてくる原稿を読むと、そうではなさそうだ。

新人賞は「他の人には思いつかないようなユニークな物語を書ける新人を発掘する」ことに主眼を置いて選考が行われる。したがって、似たような設定の物語は、束にして落とされる。

まず、このキーポイントは、肝に銘じてもらいたい。

したがって時事ネタはダメである。マスコミで派手に取り上げられた素材は、全て新人賞応募落選作に大量にあるので、不可。新人賞は応募者の創造力・想像力を見るものだが、時事ネタを材料にしただけで、選考委員は「この応募者は創造力・想像力が貧困」と見なして選考時の減点対象にする。マスコミで取り上げられないような素材を出すのが基本。

最近ではコロナ・ウィルス騒動と、それに伴うオリンピックの中止&延期、ユーチューバーの大流行。少し前なら、三・一一東日本大震災や阪神淡路大震災が、それに該当する。

私は「公募ガイド」で「落選理由を探る」というコーナーも担当しているが、たいてい「これは当然、予選で落とされるだろう」と思う作品が多い。

最も多いのが時事ネタで、次が、既存作を模倣したような、オリジナリティがゼロの作品。

「落選理由を探る」コーナーに送られて来た作品で唯一の例外が、今年の松本清張賞を受賞した、千葉ともこさん。

千葉さんはオール讀物新人賞の落選作を送ってきて「なぜ落とされたのか」の分析を依頼された。

一読しての感想は「詰め込み過ぎ。400枚ぐらいの内容を、無理矢理、オール讀物新人賞の応募規定枚数の100枚に押し込んでいる」だった。

これをやると、どうしても、あっちこっちが「あらすじ」のようになって、主人公や主要登場人物のキャラが立たなくなる。魅力が出せない。

オール讀物新人賞選考委員の有栖川有栖氏は親しいので、千葉さんの落選作の感想を訊いてみたところ、ほぼ同意見だった。

私の千葉さんへのアドバイスは「貴女には詰め込み過ぎの悪癖があるので、短編小説は向いていない。一気に長編小説でビッグ・タイトルの新人賞を狙うべき」だった。

で、初めて書いた長編小説で松本清張賞に一発受賞となった。既に受賞作が出ているので、関心のある人は、読んでみると良い。

『震雷の人』
(千葉ともこ著/文藝春秋刊)

時事ネタの「抜け道」

さて、もう1つ時事ネタには「抜け道」がある。マスコミで評判になる前に応募してしまう、ということで、今年の日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作『オリンピックに駿馬は狂騒う』(茜灯里)が、そうである。

日本ミステリー文学大賞新人賞の応募締切は5月10日、つまりゴールデン・ウィーク明けである。

『オリンピックに駿馬は狂騒う』は未知のウィルスによるパンデミックとオリンピックの中止&延期を巡る騒動のミステリーである。受賞作が未発表なのに、内容を知っている理由は、受賞者は私の小説教室の生徒だからである。

つまり、パンデミックとオリンピックの中止&延期が大きな話題になったのは3月の下旬である。そこに着想を得て応募作を書き上げるには、1ヶ月ぐらいの余裕しかない。

まず、時間的に他の応募者は、間に合わない。アイディアのバッティングが起きないから、それが理由で落選になることも、ほぼ、有り得ない。

選考委員の講評も、ほぼそこに集中している。4氏の講評は、以下の通り。

有栖川有栖「パンデミックのため2024年のパリ五輪ができなくなり再び東京で開催されることになるが、日本では未知の馬インフルエンザが広がりだす――という〈大胆な嘘〉が勝因だ。その嘘を起点に、作者は専門知識を駆使して物語を走らせる。コロナ禍の初期にこれを構想し、発表される頃は、どんな状況になっているか判らないというリスクを背負って書き上げた姿勢はチャレンジング」

恩田陸「2021年、2024年(パリで開けなかった)と東京で連続でオリンピックが開かれ、2021年には馬術競技の馬が熱中症で死んでいるため、ナーバスになっている、という設定は、タイムリーでうまい。馬インフルエンザが人を介して他の動物にも広がるというシミュレーションも面白い」

篠田節子「馬の感染症の蔓延、その経済的打撃、人獣共通感染症の人の命に対する脅威。謎解きをしながら、解決に奔走する獣医の前に立ちはだかる組織や利害関係の壁。今日的なテーマとぞくぞくするようなストーリー展開。欧米の感染症エンタテインメント小説と堂々勝負できる内容」

朱川湊人「一度入り込むと、映画『シン・ゴジラ』を思わせるような〝人間対ウィルス〟の対決に魅了されました。描写の過不足があるものの、読み手が望むシーンの大半が書かれているのも高ポイントです。また、東京オリンピックが二度続けて行われるという風呂敷の大きさにも、私は好感を持ちました。ある意味、令和の現在だからこそ、迫力をもつ作品であるといえます」

もちろん私はプロット段階で受賞者から相談を受けて、選考委員の最大公約数的な受け止め方を念頭に置いて「どうすれば時事ネタとして減点されにくいか?」のアドバイスは、した。しかし、たった1ヶ月余で一気呵成に書き上げた筆力は、私の小説教室の生徒の中でも出色だった。

プロフィール

若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
 

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