『幽』怪談文学賞長編賞について(2010年8月号)

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2010.08.09

『幽』怪談文学賞長編賞について(2010年8月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

今回は、『幽』怪談文学賞長編賞について論じることにしたい。

『幽』怪談文学賞には短編賞もあるが、こちらは締切日が異なり、六月一日である。

去年までに『幽』怪談文学賞は四回を数えているが、長編賞受賞作は、第一回の大賞受賞作の黒史郎『夜は一緒に散歩しよ』と優秀賞受賞作の水沫流人『七面坂心中』の二作きりである。第二回の特別賞受賞作である長島槇子『遊郭のはなし』は、形式的には短編連作であって、長編ではない。第三回は該当作なし、第四回は藤原葉子『蛸地蔵』が佳作に選出されたが、単行本としては刊行されていない。

メディアファクトリーは版元の中では比較的弱体であるが故に、大賞といっても賞金額も低いし、受賞したからといって、単行本の刊行が保証されているわけではない(佳作の『蛸地蔵』は未刊で、刊行予定なし)。それでも、この賞には注目を促したい。

『夜は一緒に散歩しよ』と『七面坂心中』は大賞と優秀賞に分かれたが、W大賞でもおかしくなかった。この系統ではビッグ・タイトルといえるホラー小説大賞受賞作と比較しても決して遜色ない(ホラー小説大賞受賞作のほうがレベル的に落ちる作品も多々ある)。

大手版元は、どこも経営状態が順調ではないがために、最近はビッグ・タイトル新人賞でも「該当作なし」を出さなくなった。ビッグ・タイトルの冠を戴かせることで、さほどではない低レベルの作品でも、どうにかして売ろうという魂胆が見え見えで、大局的に見れば自分で自分の首を絞める愚行に繋がっていると思う。だが、そういう出版界の時流に敢えて逆らって、レベルが低ければ新人賞は授賞しないとするメディアファクトリーの心意気には敬意を表する。つまり、この賞を受賞すれば玄人筋の高い評価が得られるのだ。

『夜は一緒に散歩しよ』のレジュメは「作家の横田卓郎は妻の三沙子を亡くし、娘の千秋と二人で暮らしていた。千秋は三沙子の死後、奇妙な絵を描くようになる――人ではない、異形のものを。千秋には、普通の人間には見えないものが見えていた。ある日をきっかけに、千秋は「青い顔の女」ばかりを描くようになった。千秋はその絵の中の顔を「ママ」と呼び、その絵を描くことに異常に執着する。そしてもう一つ執着すること。それは、夜の散歩だった。そんな中、佐久間美樹が卓郎の新しい担当として家にやってくる。千秋は「青い顔の女」を使って美樹を拒んだ。千秋にとって不必要な人間が次々と死んでいく。まるで死神が味方をしているように」で、『七面坂心中』は「風俗店でチラシ配りのアルバイトをしている済は、谷中の墓地で和服姿の美しい女性に出会う。幽霊と思い逃げだした済だが、その美しさが頭から離れない。かつてそこでは心中事件があり、五重塔が焼失したのだという。ある日、千駄木の居酒屋で出会った男から〝のぞき〟の技を伝授された済が見たものは」だが、どちらも入手可能なので、是非とも読んで参考にして欲しい。

『夜は一緒に散歩しよ』が、オーソドックスなホラー作品でありながら、随所に新奇のアイディアが巧みに散りばめられているのに対し、『七面坂心中』は真逆を行って、実際のところ、いったい何が起きたのかがよく分からない点に不気味さを懸けた新趣向の作品。

両作品を大賞と優秀賞とに分けた分岐点が、強いて何かと言えば、『七面坂心中』が敢えて意識的にオーソドックスさを回避して、過去と現在が融和した型破りな物語構成に重きを置いたことだろう。その辺りに的を絞りつつ、両作品を綿密に読み込んで欲しい。

つまり、傾向と対策を立てるわけだが、傾向と対策とは、似たような傾向の作品を書くことだ、という大きな勘違いをするアマチュア作家が非常に多いので、釘を刺しておく

それは完全な正反対である。当講座で何度も繰り返し注意していることだが、新人賞とは応募者の創造力・想像力を見るもの、どれだけ応募作に新奇のアイディアが盛り込まれているかを見るもので、基本的に以前の受賞作に類似した応募作は「オリジナリティなし。創造力・想像力が貧困」と見なして落とす。受賞作を読んで立てるべき傾向と対策は、そこに用いられているアイディアが自分の応募作と被らないように排除することなのだ。

既存作を読んで、そこに書かれていることを模倣するのは大して難しくはないが、書かれていないものを見つけ出すのは極めて難しい。『夜は一緒に散歩しよ』と『七面坂心中』は傾向が異なる作品だから、どっちにも全く似ないように、と考えると極めて難しいかも知れない。そういう人は『遊郭のはなし』で採られた短編連作形式を考えてみる。同じ第二回の短編部門大賞受賞作が雀野日名子の『あちん』で、これも刊行時には書き下ろし作品を加えて同一主人公による短編連作形式になっているので併せて読んでみると良い。

短編連作形式となると、どうしても全作品を同一レベルにまで仕上げることは難しい。

多少なりとも出来不出来の凸凹ができる。『遊郭のはなし』では冒頭の『赤い櫛』は、導入の伏線を張ろうとしたためか、さほどの出来映えではなく、平凡。だが、第五話の『幽霊の身請け』や第六話の『遣手猫』は怪談としては新奇のアイディアにも富んでいて、出色。次々に入れ替わる主人公の語り、という形式に拘泥しなければ、どちらも長編に充分に仕立て上げられたのではないか。長編賞といっても四百字詰原稿用紙換算で百五十枚以上と、下限枚数が少ないから、楽々とクリアーできただろうという印象を受ける。

また『遊郭のはなし』は吉原を舞台にした物語であるから、やはり連作短編形式で吉原を舞台に書かれた第五回R18文学賞受賞作の宮木あや子『花宵道中』とも読み比べたい。

どちらも時代劇であるから、新人賞を受賞するには、どの程度まで時代考証する必要があるのかが見えてくるはずである。アマチュア作家には、時代考証が面倒だから時代劇は書きたくないと言う者が多いが、それは大きな勘違いの横着だと言わざるを得ない。

そもそもプロ作家になり、なおかつ、それで生計が維持できるほどの収入を得るのは、生半可な努力では達成できない。高校球児がプロ野球選手になって、オールスター戦に一度ぐらいは選抜されるのと同程度の狭き門なのである。新人賞を射止めるには、何であれ選考委員を「この応募者は凄い!」と唸らせなければならない。時代考証に詳しいというのは、選考委員に強くアピールできるセールス・ポイントの有力な一つなのである。

前回の佳作となった『蛸地蔵』も時代劇である。天正十二年(一五八四)小牧長久手の戦いの留守を狙って、根来衆、雑賀衆、粉河衆連合軍が総数三万名の兵力で侵攻し、中村一氏麾下の岸和田城に攻撃を仕掛けた、その合戦を舞台にした雑兵たちの物語で、これまた非常に良く時代考証されている。登場人物のキャラクターも巧みだが、惜しむらくは、やや怪奇度が足りなかった。怖いと言うよりは〝怪奇滑稽譚〟に分類されるだろう。そこが、あと一歩で大賞受賞に届かず、佳作に留まった最大要因と見る。

しかし、これだけキャラクター造形が巧みで、時代考証も確かなら、いずれ、他の新人賞を受賞するなり何なり、著者の藤原葉子が時代劇作家としてデビューできるのは、確実なように思われる。

とにかく選考委員や幹部編集者に対して長所・得意技を存分にアピールできるような応募作を書き上げることが、プロ作家を志すのであれば必須である。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

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