歴史群像大賞について(2010年9月号)

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2010.09.09

歴史群像大賞について(2010年9月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

今回は、学研の歴史群像大賞について論じることにしたい。

歴史群像大賞は、第十一回の高妻秀樹『胡蝶の剣』を最後に、五年連続して大賞が出ておらず、優秀賞どまりである(現在、第十七回を募集中)。その大賞も『胡蝶の剣』と第十回受賞作の平野正和『後三国志 天道の馭者』は文庫での刊行で、四六判ハードカバーでの大賞受賞の刊行は、第七回受賞作の柳蒼二郎『異形の者』が最後である。また、第十三回の最優秀賞受賞作の河原谷創次郎『ぼっちゃん 魏将・?昭の戦い』が四六判ソフトカバーで刊行されているので、この二作について触れて、今回の傾向と対策講義としたい。

まず、『異形の者』であるが、主要登場人物に、ずらりと有名人物が並ぶ。細川藤孝と細川忠興の父子に、忠興夫人の細川ガラシャ、清原いと、豊臣秀吉、加藤清正、石田三成などなど。また、忍者として、百地丹波(実在)、戸沢白雲斎(立川文庫『猿飛佐助』などに登場する忍術の名人で、架空)、猿飛佐助(主人公の『異形の者』通称〝こぶ〟で、最後の最後で、猿飛佐助である事実が明かされる)、風魔忍群(実在)といった面々が出てくる。メインは百地丹波、猿飛佐助こと〝こぶ〟それに細川ガラシャの三人である。

時代劇的に見れば、使い古された、いわば手垢が付いた人物だと評しても過言ではない。

これが、例えばライトノベル・ファンタジーなどだと、これだけ既存アイテム(天使・堕天使・悪魔・妖精・竜・魔導師・錬金術師・銀髪碧眼の剣士・神々などなど)を使ったら、ほぼ確実に落とされる。新人賞とは応募者の創造力・想像力を見るものだからで、既存アイテムを使えば使うほど「この応募者は創造力・想像力に難あり。オリジナリティなし」と見なされるからだが、こと時代劇となると、その辺りの評価が大きく違ってくる。

まず、時代劇の場合には、有名な史実は曲げられない。『異形の者』だと、長篠設楽原の戦い、本能寺の変、小田原の後北条氏攻め、文禄・慶長の役、関ヶ原合戦などが該当する。

そういう史実の合間を縫って活躍する登場人物を、どういう性格に設定するか、また、史実に残されていないことに関しては、極端な話、どんな大嘘をデッチ上げようが構わないわけで、そこに応募者の力量・プロ作家たり得るか否かの資質が問われることになる。

『異形の者』では、長篠設楽原の戦場で、生まれたばかりの嬰児を拾い上げる百地丹波の性格の酷薄非情ぶりが凄まじい。しかし何といっても、物語の表題とされた主人公の猿飛佐助の異形の設定ぶりが群を抜いている。側頭部に巨大な瘤があり(そのために丹波からは「こぶ」と名付けられる)、顔面は引き攣っていて、片眼は常に閉じることができない。

また、左腕は萎縮したままで、嬰児の時のまま、ほとんど成長しない。文字で読む分には、さしたる嫌悪感もなく読めるが、これが実写版の映画などにしたら、とてもじゃないが、かなり美化しないと正視に耐えないだろう。そういう佐助が、現代ならば確実にDVによる幼児虐待で死ぬと思われる過酷な扱いを受けて、稀代の忍者に成長していく。

プロ作家には絶対なりたい、でも、創造力・想像力には自信がない、というアマチュアの書き手は非常に多い。そういうアマチュアに限って「資料に頼らず、想像だけで書けばオリジナリティが確保できるはずだ」と、なぜか何の根拠もなしに思い込んで、ほとんど既存アイテムだけの物語を書いてライトノベル・ファンタジーの新人賞に応募して、「オリジナリティなし」で、纏めて束にして落選の箱に放り込まれる。実は完全に正反対で、創造力・想像力に自信がないアマチュアほど資料に頼った物語に活路を見出すべきなのだ。

長篠設楽原の戦いから関ヶ原合戦に至るまでの史実を、ある程度まで詳しい資料(学研の歴史群像ムックなど)で読んでから『異形の者』を読んで比較し、史実の部分と、作者の柳蒼二郎の創作部分が、どのくらいの比率になっているかをチェックしてみると良い。

そうすれば、どのくらい登場人物のキャラクターを工夫すれば良いのか、といった傾向と対策の立て方が、おのずと見えてくるはずである。資料に当たることを恐れ、億劫がっていては、道は開けてこない。創造力・想像力に劣る部分を資料で補填するのである。

さて、河原谷創次郎『ぼっちゃん 魏将・?昭の戦い』に話を転じることにしよう。『異形の者』がハードカバーなのに対してソフトカバーで刊行されていることからも分かるように、同じく戦乱(日本ではなく、中国が舞台だが)を扱っているのに、語り口がかなりソフトである。『ウィキペディア』には?昭について、次のように書かれている。

「勇猛果敢で、各地に転戦して武功を立て、雑号将軍となる。曹丕の代には河西一帯の守備を任された。西平郡の麹英が反乱を起こした時に、同僚の鹿磐と協力してこれを鎮圧し、麹英を殺害している。二二八年に、蜀の諸葛亮が攻めて来て陳倉を包囲した。だが、守備を任されていた?昭は曹真の命を厳格に守り、幾千程度のわずかな軍隊で諸葛亮の軍勢を寄せ付けず、頑健に防衛した。攻防戦は二十余日に及んだ。諸葛亮は陳倉を落とせないまま、兵糧が底を突き、魏の援軍も迫ってきたので撤退した(陳倉の戦い)。陳倉の戦役は諸葛亮自身が直接指揮を執った戦いでは初めての敗戦となり、さらに寡兵で蜀の大軍を退けたとして、?昭の名は蜀に広まったという」

『ぼっちゃん 魏将・?昭の戦い』は、この陳倉の戦いを、息子の?凱の立場から書いている。『異形の者』も『ぼっちゃん 魏将・?昭の戦い』も、日本と中国と物語の舞台こそ異なるが、史実の合間を縫って創造力・想像力を駆使しているという点で参考になるし、戦争という、どうしても個人の力では如何ともし難い運命に翻弄される人物像を描いて、泣かせる。この〝泣かせる〟ということが、新人賞においては受賞のキーポイントとなる

時代劇で戦争を取り上げるとなると、アマチュアの発想は「いかに合戦を迫力満点に描くか?」ということに、ついつい向きがちである。『ぼっちゃん 魏将・?昭の戦い』における陳倉の戦いには、史実には語られていない作者のオリジナルの合戦シーンが巧みに描かれているが、実は、それは二の次で、肝心なのは?昭と?凱の父子愛なのである。

では、なぜ『ぼっちゃん 魏将・?昭の戦い』は最優秀賞に留まり、『異形の者』は大賞を受賞できたかとなると、登場人物造型に若干の差があった。『異形の者』の百地丹波は、いくら忍者が「刃の下に心を置く」とはいえ、ここまで冷血非道悪逆に仕立てられるか、と呆れるほどだし、主人公の佐助にしても、ここまで極端なハンディを背負わせるか、と感じさせる。新人賞受賞後に一般読者を相手にした場合、これほど極端にキャラ設定したのでは読者の反発を食らって売れないのではないか、と懸念させるが、普通の作品には食傷している選考委員を唸らせるには、このくらい極端なほうが良い、という好見本である。

『ぼっちゃん 魏将・?昭の戦い』のキャラ設定は、そこまでいかない。確かに巧いけれども、唸るほどではないし、何といっても、憎まれ役の王双将軍のキャラが典型的なステレオ・タイプに描かれているのが良くない。これで、明らかに大損して評価を下げている。

それ以外の主要登場人物でも、何人かがステレオ・タイプである。『異形の者』にも、何人かステレオ・タイプの登場人物はいるが人数的に少ないし、物語の主軸への関与度が低い。この辺りにポイントを置いて読むと、充分に歴史群像大賞対策が見えてくるはずである。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

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