新潮エンターテインメント大賞について(2011年1月号)

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2011.01.09

新潮エンターテインメント大賞について(2011年1月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

今回は新潮エンターテインメント大賞について、触れることにする。エンターテインメント系の小説であればジャンルを問わず、最終選考は毎年違う作家が担当するという、ちょっと変わった賞で、受賞作は『小説新潮』に抄録掲載された後に単行本化される。
歴代の受賞作は次のようである。
 第一回 吉野万理子『秋の大三角』選考委員 石田衣良
 第二回 榊邦彦『100万分の1の恋人』選考委員 浅田次郎
 第三回 井口ひろみ『月のころはさらなり』選考委員 宮部みゆき
 第四回 中島桃果子『蝶番』選考委員 江國香織
 第五回 小島達矢『ベンハムの独楽』選考委員 荻原浩
 第六回 神田茜『花園のサル』選考委員 三浦しをん
この賞は去年も取り上げたが、抄録が掲載されてから締切までに四カ月余の時間があるために、一見すると〝傾向と対策〟が立てやすく、そのせいか、受賞作のレベルが乱高下するのが特徴で、選考委員が毎回交替することもあって、実は特徴が掴み難い賞である。

吉野万理子が単著十三作、榊邦彦が二作、井口ひろみは一作、中島桃果子が三作という著作数にも、受賞者の実力の高低は如実に窺えるわけだが、それについては既に触れたので、今回は『ベンハムの独楽』について論評することにしたい。

キャッチ・コピーは「二つの肉体に一つの魂、五分先の未来が見える災い、文字で飢えを凌ぐ男の幸い、グロテスクな双子の仕打ち、冷笑に満ちた大人の仕返し。カラフルな九つの連環、恐るべき二十二歳の魔術」で、アマゾンのレビューも☆五個ばかりと好意的だが、長編賞であるにも拘わらず、短編集だということに、この作品の特徴がある。

各作品に繋がりがないわけではないが、連作短編と見なすには、連環度が稀薄すぎる。

長編新人賞が、登場人物が共通する短編連作の応募作に授与される事例は、ままあるのだが、全くの短編集に授与された事例となると、ちょっと記憶にない。「ああ、こういう作品を長編賞に応募しても失格にならないんだ!」と安心したアマチュアも多いだろう。

しかし、出版社や選者によっては「応募規定違反」と断じて一次選考で撥ねられる危険もあるから、それは応募に際して、ちゃんと確認を取っておく必要がある。

さて、短編集となると、どうしても同レベルの作品を集めるのは困難で、玉石混淆となりがちだが、『ベンハムの独楽』も例外ではなかった。

最初の「アニュージュアル・ジェミニ」は、正直、唸った。「二つの肉体に一つの魂」の物語だが、この着想は秀逸で、ホラー小説大賞でも受賞しただろうと思った。

ところが第二の「スモール・プレシェンス」で、正直、かなりがっかりした。「五分先の未来が見える災い」の物語だが、ネタは完全に『スパイ大作戦』からのパクリである。この手の話が『スパイ大作戦』には何作かあったと記憶している。

もっとも、アイディアの借用は盗作にはならないので、盗作ということではない。今回の原稿を書く少し前に文藝賞の盗作が発覚して授賞取り消しになったが、こういうのは、文章の相当量を、ほぼ丸写しに近く引き写している場合である。当講座の読者からメールで質問を頂戴したが、アイディアに著作権はないので、改めて誌上を借りてお答えする。

第三の「チョコレートチップ・シースター」は、ホラーとしては定番の作品。出来は悪くはないが、かといって秀逸と褒めるほどでもない。誰でも思いつけるレベルの作品。

第四の「ストロベリー・ドリームズ」は、要するにショートショート。いわゆる、オチで読ませる作品で、これもショートショートが得意なら、誰でも思いつくだろう。

第五の「ザ・マリッジ・オヴ・ピエレット」は、警察考証が出鱈目。警視と警部が、平刑事を誰も乗せずに一台のパトカーで事件現場に赴くようなことがないのに、同乗しているといった状況から始まって、至る所に警察考証無視が頻出するので、シラケた。

おまけに、アイディアは、アメリカ映画からのパクリ。編集者も選考委員も気づかなかったのか、気づいていながら、敢えて直させなかったのか、すこぶる不可解に感じた。

第六の「スペース・アクアリウム」も、これまたアイディアのパクリ。この手のオチの話は、SFショートショートで、さんざん書かれている。第五と第六は駄作と言える。

第七の「ピーチ・フレーバー」は、思いつきは秀逸。第一話に次ぐと言っても良い。

が、オチでずっこけた。こういうオチに持っていくのは、「今までのは全部、夢でした」という〝禁じ手〟の夢オチに近い。これだけでシラケて落選にする選考委員も相当数いるはずだから、要注意。今回は選考委員の荻原浩氏と波長が合った、そういう点で極めてラッキーだったとしか考えようがない。新人賞選考は、どうしても運不運が付き纏う。

第八の「コットン・キャンディー」は、可もなく不可もなしの青春物語。やたら時系列が狂っていて、エピソードの順番を出来事どおりに並べていないという重大欠点がある。

時系列の狂いに対する選考委員の評価はマチマチで、大きく減点する選考委員もいれば、小幅の減点に留めて内容を重視する選考委員もいる。こういう点でも作者の小島達矢さんは運が良かったと言える。『ベンハムの独楽』がOKだったから、じゃあ、自分も、などと、これから応募する人は考えないほうが良い。時系列の狂いに厳しい選考委員に当たったら、目も当てられない結果に直結する。エンターテインメントは、とにかくエピソードを起きた順番どおり時系列順に並べて、それでもなお面白いのが鉄則である。

順番どおりに書いたら面白くなくなるようであれば、それは、そもそも新人賞を狙うのに値しない、凡庸なテーマだということである。

最後の「クレイジー・タクシー」も、ネタがパクリの上に、ストーリー展開がご都合主義のオンパレード。主人公と共犯者が乗ったタクシーの運転手が、もしも主人公の計画どおりに動いてくれなかったら、いったいどうするつもりだったのか? その辺りの問題点が全く解消されていない。運転手が主人公の期待とは異なる行動をする可能性の箇所が、少なく見ても三つは存在する。ターゲットの運転手がAと出たらA、Bと出たらB、Cと出たらC……というように、全ての可能性を考えて対応策を網羅していない限り、こういうタイプの物語はご都合主義と見なされて、減点される。しかも、減点幅が大きい。

「クレイジー・タクシー」に関しては「あまり減点されなくてラッキーだった」などと暢気なことは言っていられない。なぜなら、ご都合主義に関しては大量減点する選考委員が圧倒的な大多数を占めるからだ。多くの新人賞の選評を読んでいれば、いくらでもご都合主義な展開に関して酷評している事例を見ることができる。せっかく候補作にまで残れたのに、ご都合主義を指摘されて受賞どころか、佳作にさえなれずに涙を呑んだ応募作が、今までにどれほど多数あったことか。

『ベンハムの独楽』は「こういうアイディアは秀逸で評価が高い」という作品と、「こういう応募作を書いたら選考委員に酷評されて落とされる危険度が高い」という作品が、見事なまでに入り混じっている。まさに玉石混淆で、そういう点でも参考になるので、私の今回の文章と照合しつつ一読することをお勧めする。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

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