日本ミステリー文学大賞新人賞について(続)(2011年3月号)

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2011.03.09

日本ミステリー文学大賞新人賞について(続)(2011年3月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

今回は、前回に引き続き日本ミステリー文学大賞新人賞について、触れることにする。前回、第十四回の受賞作『煙が目にしみる』(石川渓月)を取り上げたが、今回は第十三回の受賞作『ラガド』(両角長彦。サブタイトルは「煉獄の教室」)を取り上げて、細部を掘り下げて比較検討することにしたい。

石川さんの作品と両角さんの作品は、両極端にあるといっても差し支えないほど大きく違っている。そこで、日本ミステリー文学大賞新人賞を目指すアマチュアは、この両作品を読み比べて〝傾向と対策〟を立てると良いと思うからである。日本ミステリー文学大賞新人賞のみならず、『このミステリーがすごい!』大賞や江戸川乱歩賞を狙うのにも役立つ。

単独視点で行くか、複数視点で行くか

『煙が目にしみる』は、主人公の小金欣作の視点で、最初から最後まで押し通している。

欣作の目に映らず、耳に入らない情報は一切、何一つ書かれていない。初めて小説を書くという初心者や、執筆歴の浅いアマチュア作家は、この形式で書くのを勧める。

そうすると、主人公に入ってくる情報量が限定されるということで、色々な面で書きにくいことが出てくるのだが、その程度の制約は克服しなければ、プロ作家になることは、とうてい覚束ない。安易に多視点に切り替えて、主人公の知り得ない情報を書くようにすると、読者は、どうしても主人公に感情移入できにくくなる。この「主人公に感情移入できるか否か」ということは、新人賞選考時の大きな採点ポイントであり、ここで大減点を食らって落選にされる応募作は、極めて多数に上る。

逆に『ラガド』は多数の視点が入り乱れる作品である。私が単独視点を推奨していることを知っている読者の方から「あんなにも視点が錯綜して、良いんですか?」という質問メールを頂戴したほどで、短い場合には、たった三行で視点が切り替わっている。

そればかりか、中には「生徒たち(5、7、13、17、21、26番をのぞく)は同時に思った。(だって彼女が言ったんだから。自分を助けろと)」のように、大勢の心境を一括処理して神様視点で書いているような極端な事例さえ存在する。

この手法は、初心者がやったら、ほぼ確実に失敗する。選考時の大きな減点対象だから、執筆歴の浅い人は、絶対やらないほうが良い。そういう観点で『ラガド』と、第五十五回(二〇〇九年)の江戸川乱歩賞受賞作『プリズン・トリック』(遠藤武文)とを読み比べてみるとよい。

『プリズン・トリック』は無惨なまでに失敗している。選評でも、ボロクソに視点の乱れを酷評されており、交通刑務所のリアリティのある描写がなければ予選で落とされていただろう。選考委員の顔ぶれ次第では、このリアリティある描写の加点材料よりも、視点が入り乱れる減点材料のほうが上回って落選にされた可能性も大いにあり、まさに薄氷の受賞だった。

多視点が許されるか否かは、そこに作者の綿密かつ緻密な計算が存在するか否か、である。『ラガド』においては緻密な計算がなされているが、『プリズン・トリック』には、それがない。ただ作者の勝手な都合と思いつきで、多視点が乱れ飛ぶ。

作者自身は、計算をしたつもりかも知れない。ところが、あいにくそれは、こちらには伝わってこない。だから、登場人物に感情移入することもできない。

『ラガド』で用いられた多視点は、いわゆる芥川龍之介『藪の中』の手法と言える。

『ラガド』においては、事件は冒頭で起きるというか、既に事件が起きてしまった状態で物語がスタートしている。殺人事件自体のシーンは、作中で描かれていない。

私立中学の女子生徒が、以前に亡くなった生徒の父親である、ストーカー的な酔っ払いの手に掛かって、授業直前の教室で刺殺されるという、実に単純なもので、密室トリックもアリバイ・トリックも、とにかく何一つ、物理的なトリックが存在しない。

ただ、なぜ、その生徒が殺されなければならなかったのか、事件の直前から直後にかけての、被害者、犯人、その他の生徒たちの動きが不可解で、そこに大きな謎が存在する。

殺人を犯していながら、犯人の殺害動機も分からなければ、生徒たちが、なぜ、そんな動き方をしたのかも、まるで分からない。この〝藪の中〟の謎を解き明かすべく、数百枚を費やして延々と捜査の過程が語られる。教室に居合わせた全生徒の目に、事件の経緯がどのように映ったのかを掘り下げていくので、必然的に多視点にならざるを得ない。

また、文章だけでは状況がとうてい理解できないので、その時点時点における四十人の生徒の教室内の位置および動きが、本文の下に図解表示される。この図が全部で九十三枚もの多数あることからも〝藪の中〟の複雑怪奇さが、窺い知れようというものである。

その結果、読者は否応なしに、感情移入よりは、むしろパズルを解くように、神様視点に立って事件の全体像を分析しようとする独自のミステリー世界に引きずり込まれる。

選考委員の石田衣良さんが帯の寸評で「こんな設定のミステリーを読んだことがない」と評しているが、大いに頷ける。選考委員は概して目新しい設定に高評価をつけるが、それは、新人賞が〝前例のない、新奇な作品に授賞することで、既存作家とは異なるタイプの作家を発掘する〟ことに主たる観点が置かれているからで、この図版の多さは、第六回(一九九四年)日本ファンタジーノベル大賞受賞作『鉄塔 武蔵野線』(銀林みのる)の、写真三百四十枚(応募作は五百枚以上が添付されていた)と同様の衝撃だった。第九回(一九九八年)の鮎川哲也賞受賞作『殉教カテリナ車輪』(飛鳥部勝則)のように、重厚な油絵まで添付された作品もある。

文章だけでは状況を説明するのが困難であったり、説明できても大量の文字数を必要とする場合には積極的に図表や写真を貼付すると良い。文字で容易に説明可能なものまで図表や写真にすると「文章での表現力に難あり」と見なされて減点を食らう可能性があるから、そこは匙加減が必要だが、現代人はせっかちで、分かりにくい作品は避ける傾向が顕著だから(それが近年の出版界の構造不況の一因でもあるのだが)図表や写真の積極的添付を躊躇わないほうが良い。

こう書いていくと『ラガド』には欠点らしい欠点がないようだが、メイン・タイトルがいただけない。『ラガド』では、いったい何について書かれたミステリーなのか見当がつかず、これでは一般読者は手に取りにくい。

最後まで読めば『ラガド』とは、ある秘密機関の名称であることがわかるのだが、この秘密機関が、どうにも嘘っぽくて、全くリアリティが感じられない。選考委員によっては、この点に関して大減点をすることも大いに考えられる。リアリティという点では『煙が目にしみる』のほうが、よほど優れている。また『プリズン・トリック』の最大得点源が交通刑務所の描写にあったことも指摘しておく。現代社会のどこかで現実に起きそうな物語を書いたら、全編を通して、そのテイストを貫かなければならない

以上のような観点に立って、取り上げた三作品の読み比べをしてみてほしい。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

バックナンバー

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