小学館文庫小説賞(2012年8月号)

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2012.08.09

小学館文庫小説賞(2012年8月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

小学館文庫小説賞

新人賞の選考規準が、予告なしに唐突に一変する場合がある。選考委員が総入れ替えになった場合は、これは誰でも明らかに予想がつくが、そうではないのが、新人賞を主催する編集部の幹部編集者(特に、編集長)が人事異動で交替した場合である。こういう人事異動は基本的に外部に公表されることがないので、一般読者は知ることができない。

極端な場合には、それまで清純路線で来たのが、エログロ路線に変わったりする事例で、そのジャンルもしくは、その版元の出している作品群の売れ行きが急落した場合に見られる。

前置きはこの程度にして、今回、取り上げるのは、小学館文庫小説賞である。その第十一回の受賞作『恋の手本となりにけり』(永井紗耶子)だが、明らかに授賞傾向が変化した。

それまでの小学館文庫小説賞であれば、この作品には授賞されていない。小学館文庫小説賞の時代劇の受賞作には第二回受賞作の『秋の金魚』(河治和香)と第八回受賞作の『廓の与右衛門控え帳』(中嶋隆)とあるが、両作品とも、がちがちに時代考証した結果、そういうタイプの作品を好む読者には受けるだろうが、時代考証知識がさほどではない、単なる“時代小説好き”程度の一般読者では、ちょっと入っていけない、いわゆる“時代考証オタク”が好むような作品になっていた。

私は正直「こういう偏った作品で、果たして売れるんだろうか?」という懸念を持っていたが、案の定だったと見えて『恋の手本』で一変した。

つまり『恋の手本』は、それまでの選考規準であれば予選で落とされていたに違いない作品である。松本清張賞、小説現代長編新人賞、朝日時代小説大賞といった時代小説に授賞ウェートを置いた新人賞でも、おそらく上位には残れたとしても授賞されないだろう。

まず、主人公が“遠山の金さん”こと遠山景元で、それに大田蜀山人(南畝)と父親の遠山景晋、浮世絵師の歌川国貞などが副主人公格で絡む。こういう“有名どころ”のオンパレードは一般読者には受けるが、概して選考委員受けは良くない。「また、遠山の金さんかよ」と、うんざりされて、ほとんど真面目に読まずに落とされる、という経緯を辿る。

つまり小学館文庫編集部は「時代考証コテコテの作品では、売れない。もっと一般読者受けの作品に授賞しよう」という方向に舵を切ったと見ることができる。

実は私は、こういう原稿を書いている立場の特典で、第十一回の応募落選作の何編かを読むことができ、その中には『恋の手本』よりも面白いと感じた(つまり、他の新人賞であれば選考委員受けが良い)作品があった。

その時点では「なぜ、この作品が予選落ちしたのだ?」と首を捻ったが、『恋の手本』と併せ読んでみて「なるほど、そういうことか」と納得が行った。

つまり、時代劇で小学館文庫小説賞を狙う人は、一般受けしそうな作品で応募してOKということになるのだが、ひょっとしたら、また方針が切り替わるかも知れない。それというのも、某時代劇文庫の編集長と話していて「時代劇は、佐伯泰英、上田秀人、鈴木英治、風野真知雄といった“ブランド時代劇作家”だけが売れていて、たとえ中味が質的に上回っていても、他の作家では、まるで売れない」という愚痴が聞かれたからである。

『恋の手本』には、欠点が多々ある。主要登場人物はステレオ・タイプで、決してキャラが立っているとは言い難い。文章も巧くない。日本語には接続詞(特に順接の接続詞)を使えば使うほど悪文になるという特徴があり、私も新人賞時代には、さんざん手直しされた。

『恋の手本』には次のような文章がある。「金四郎はしばらくその獏の様子を窺った。そして、獏もまた、煙の向こうから、ぎらつく目をこちらへ向けて、金四郎と国貞を睨んだ。そして、獏は、口の端を吊り上げるようにゆがんだ笑みを見せた。そして、煙管の灰を、トントンと灰皿に落とすと、その煙管で、金四郎の顔を指した」

これだけ短い文章の間に“そして”が三つもある。

名文を書くプロ作家は、長編一冊の間に“そして”が五つとはなく、ゼロの場合さえある。『恋の手本』は台詞の後に「そう言って・そう言った」も頻出する。

当講座で何度も注意しているが、台詞の括弧があれば、言ったことは自明。どんな口調と表情(主人公なら心情)で言ったのかを描写すべきで、「そう」ではニュアンスは読者に伝わらない。編集者の質が落ちているから、細部まで手厳しい指弾を受けていない作品が世に出回るので、『恋の手本』を読んで「この程度で新人賞は取れるのか」と思ってはいけない。

新人賞を受賞しても、数年後には跡形もなく消える作家が多いのだから、応募者は自分の努力で、登場人物のキャラが立ち、なおかつ文章の隅々まで神経が行き届いた作品を書いて世に問わなければ、息の長いプロ作家への道は開けない。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

バックナンバー

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2013年2月9日 江戸川乱歩賞(2013年2月号)
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