野生時代フロンティア文学賞(2013年9月号)

  • 結果発表
  • 文芸

2013.09.09

野生時代フロンティア文学賞(2013年9月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

野生時代フロンティア文学賞

今回は、野生時代フロンティア文学賞を取り上げる。まだ歴史が浅い新人賞で、中でも第二回の受賞作『ワナビー』(日野草)と、第三回受賞作『ホテルブラジル』(古川春秋)について今回は論ずることにする。この二作は極端に作風が異なるからである。

まず『ワナビー』だが、キャッチ・コピーは「ネットアイドルになってしまった二十八歳の平凡な男・通称「枯神」。突如、姿を消した彼がおどろくべき事件の全貌をブログで語り始めた」だが、正直なところ失敗作。このキャッチ・コピーを見ても分かるとおり、主人公の枯神はネットアイドルになった男、つまり、そうなるまでを回想で語っている。

不出来なテレビの二時間ミステリーで「犯人の崖上の告白」が延々と十分ぐらい語られ、その喋りが終わる頃になって、ようやくサイレンを鳴らしてパトカーが駆けつける、というシーンにドッチラケにシラケた経験を持つ読者も多いと思うが、それと同じである。

「ネットアイドルになった」という結果が既に明示されている以上は、途中経過を、どのようにテクニックを弄してスリリングに構成しようが、そのスリルは、読者には伝わらない。カットバックを使わず、全エピソードを正確に時系列順に並べた場合と比較して、迫力は半減どころか、せいぜい一割程度のものだろう。エンターテインメントでは回想を可能な限り避け、エピソードを出来事の順番通りに並べるのが鉄則なのだが、そういう基本中の基本が、まるで分かっていない。これでは、読者に早々に見放されるから、文壇から消える。案の定というか、受賞から二年以上が経過して、まだ第二作が出ていない。

「主人公のブログによる告白」も、倒叙ミステリーの手法を駆使し、枯神本人と成り済ましの偽者とが交錯するが、全く成功していない。ただ単に物語を分かりにくくするマイナス効果しか与えていない。本人と偽者とが交錯する手法が、同じ角川主催のホラー小説大賞長編賞受賞作の『バイロケーション』のように成功していれば話は別で、「なるほど、このために敢えてカットバック手法を採用したのか!」となって、回想形式によるスリルの脆弱さを意外性でカバーできたのだが、見事に滑った。これで受賞できたのだから、よほど競合作の出来が悪かったのだろう。運が良かったとしか言いようがない。野生時代フロンティア文学賞に限らず、どの新人賞を狙うアマチュアも、この轍を踏まないように。

『ブラジル』のほうは、テクニック的には『ワナビー』よりも格段に落ちる。日野に比べて古川の執筆歴は、かなり浅いに違いない。日野が、おそらくエクセルなども駆使して、細部まで緻密に物語構成を組み立てた(カットバックNGという基本を知らないがために大コケに転けたが)であろうのに対して、ほとんど事前に物語構成をせず、思いつくまま勢いで書き飛ばした、という印象を与える。選考委員の選評にも「非常に欠点の多い作品だが、その欠点を踏まえても大きな魅力のある作品だった。誤字脱字や疑問点に赤を入れながら読んだら原稿が真っ赤になってしまった(中略)冬期休業中のホテルを舞台に不条理とも思える暴力的なドタバタが繰り広げられるこの作品は、ストーリーが巧妙でも最後にカタルシスを得られるわけでもないのに、不思議な感銘を受けた」(山本文緒)「人間業とは思えない逆転劇の数々は暴風雨と津波が同時に襲来したような禍々しさで、技術云々さえ言わなければ滅茶苦茶面白い」(池上永一)などとあって、一種の“ビギナーズ・ラック”で受賞に至った過程が明確に見て取れる。

しかし、物語構成の何たるかを知らず、冒頭だけ思いついたアイデアで、その後の展開も緻密に先行きを考えず、思いつくままに書き飛ばした初心者の作品は、時として細部の細部まで緻密に計算した(その結果、往々にして全体像を俯瞰する大局的見地を失う)ベテランの作品を撥ね飛ばしてしまうことが起きる。新人賞は「他人には書けない物語を書ける若手」を発掘するのと同時に「先の展開が読めない作品が書ける若手」をも発掘しようとしている。

物語構成を細部まで緻密に計算すると、素人目には「先が読めない作品」になっているように思えて、選考委員クラスのプロ作家には、かえって先が憶測できてしまう作品になることも多い。というか、それが応募作の圧倒的多数を占めるだろう。

いつもいつも「これでもか」とばかりに細部まで計算し尽くして、その挙げ句に好結果に結びつかないで焦っているアマチュアは、この際『ブラジル』の古川のように、思い切って「先行きを考えず、行き当たりばったりで物語を書き飛ばす」手法を採ってみるのも一つの手である。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

バックナンバー

2017年11月13日 落選作のレベル5段階(2017年12月号)
2017年10月5日 刑事ドラマの警察考証間違い3(2017年11月号)
2017年9月5日 刑事ドラマの警察考証間違い2(2017年10月号)
2017年8月9日 刑事ドラマの警察考証間違い(2017年9月号)
2017年8月9日 小学館文庫小説賞(2017年8月号)
2017年7月9日 予選を突破するには(2017年7月号)
2017年6月9日 日本ファンタジーノベル大賞(2017年6月号)
2017年5月9日 受賞に必要な要素(2017年5月号)
2017年4月9日 新人賞が求めること、読者が求めること(2017年4月号)
2017年3月9日 展開を読まれてはならない(2017年3月号)
2017年2月9日 受賞するための三要素(2017年2月号)
2017年1月9日 アガサ・クリスティー賞(2017年1月号)
2016年12月9日 江戸川乱歩賞(2016年12月号)
2016年11月9日 時代劇で受賞するには(2016年11月号)
2016年10月9日 新人賞の選考基準(2016年10月号)
2016年9月9日 強い女性刑事の書き方(2016年9月号)
2016年8月9日 メフィスト賞 その2(2016年8月号)
2016年7月9日 メフィスト賞(2016年7月号)
2016年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞   その2(2016年6月号)
2016年5月9日 『このミステリーがすごい!』大賞(2016年5月号)
2016年4月9日 ばらのまち福山ミステリー文学賞(2016年4月号)
2016年3月9日 日経小説大賞(2016年3月号)
2016年2月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞(2016年2月号)
2016年1月9日 新潮ミステリー大賞(2016年1月号)
2015年12月9日 島田荘司推理小説賞(2015年12月号)
2015年11月9日 江戸川乱歩賞(2015年11月号)
2015年10月9日 小学館文庫小説賞(2015年10月号)
2015年9月9日 野性時代フロンティア文学賞(2015年9月号)
2015年7月9日 日経小説大賞(2015年7月号)
2015年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞(2015年6月号)
2015年5月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞(2015年5月号)
2015年4月9日 横溝正史ミステリ大賞(2015年4月号)
2015年3月9日 本格トリックを創るのが苦手な人が ミステリーを書くには(2015年3月号)
2015年2月9日 江戸川乱歩賞(2015年2月号)
2015年1月9日 福山ミステリー文学新人賞/鮎川哲也賞(2015年1月号)
2014年12月9日 アガサ・クリスティー賞(2014年12月号)
2014年11月9日 松本清張賞(2014年11月号)
2014年10月9日 横溝正史ミステリ大賞(2014年10月号)
2014年9月9日 野性時代フロンティア文学賞(2014年9月号)
2014年8月9日 小学館文庫小説賞(2014年8月号)
2014年7月9日 日経小説大賞(2014年7月号)
2014年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞(2014年6月号)
2014年5月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞(2014年5月号)
2014年4月9日 小説すばる新人賞(2014年4月号)
2014年3月9日 日本エンタメ小説大賞(2014年3月号)
2014年2月9日 小説現代長編新人賞(2014年2月号)
2014年1月9日 江戸川乱歩賞(2014年1月号)
2013年12月9日 日本ホラー小説大賞(2013年12月号)
2013年11月9日 鮎川哲也賞(2013年11月号)
2013年10月9日 小学館文庫小説賞(2013年10月号)
2013年9月9日 野生時代フロンティア文学賞(2013年9月号)
2013年8月9日 日本ラブストーリー大賞(2013年8月号)
2013年7月9日 ゴールデン・エレファント賞(2013年7月号)
2013年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞(2013年6月号)
2013年5月9日 日本ファンタジーノベル大賞(2013年5月号)
2013年4月9日 小説すばる新人賞(2013年4月号)
2013年3月9日 新潮エンターテインメント大賞(2013年3月号)
2013年2月9日 江戸川乱歩賞(2013年2月号)
2013年1月9日 小説現代長編新人賞(2013年1月号)
2012年12月9日 角川春樹小説賞(2012年12月号)
2012年11月9日 松本清張賞(2012年11月号)
2012年10月9日 日本ホラー小説大賞(2012年10月号)
2012年9月9日 横溝正史ミステリ大賞(2012年9月号)
2012年8月9日 小学館文庫小説賞(2012年8月号)
2012年7月9日 日本ラブストーリー大賞(2012年7月号)
2012年6月9日 『幽』怪談文学賞(2012年6月号)
2012年5月9日 『このミステリーがすごい!』大賞(2012年5月号)
2012年4月9日 ゴールデン・エレファント賞(2012年4月号)
2012年3月9日 小説すばる新人賞(2012年3月号)
2012年2月9日 江戸川乱歩賞(2012年2月号)
2012年1月9日 朝日時代小説大賞(2012年1月号)
2011年12月9日 松本清張賞(2011年12月号)
2011年11月9日 日本ホラー小説大賞(2011年11月号)
2011年10月9日 キャラ立て(2011年10月号)
2011年9月9日 リアリティ(2011年9月号)
2011年8月9日 時代小説の文学賞(2011年8月号)
2011年7月9日 日本ラブストーリー大賞について(2011年7月号)
2011年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞について(2011年6月号)
2011年5月9日 日本ファンタジーノベル大賞 その2(2011年5月号)
2011年4月9日 日本ファンタジーノベル大賞について(2011年4月号)
2011年3月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞について(続)(2011年3月号)
2011年2月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞について(2011年2月号)
2011年1月9日 新潮エンターテインメント大賞について(2011年1月号)
2010年12月9日 小説現代長編新人賞について(2010年12月号)
2010年11月9日 松本清張賞について(2010年11月号)
2010年10月9日 新人賞を狙う基本常識について(2010年10月号)
2010年9月9日 歴史群像大賞について(2010年9月号)
2010年8月9日 『幽』怪談文学賞長編賞について(2010年8月号)
2010年7月9日 日本ラブストーリー大賞について(2010年7月号)
2010年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞について(2010年6月号)
2010年5月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞について(2010年5月号)