日経小説大賞(2014年7月号)

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2014.07.09

日経小説大賞(2014年7月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

日経小説大賞

今回は、六月三十日締切(当日消印有効)の、第六回日経小説大賞(四百字詰め換算で、三百枚~四百枚程度。アマ・プロ問わず。千二百字以内の梗概と題名、枚数、筆名および本名、住所、電話番号、メールアドレス、生年月日、現職、略歴を明記した別紙を添付)を取り上げることにする。

なお「程度」とは通常は一割を意味するので、四百四十枚までは失格にしない、ということである。

さて、第三回受賞作の『野いばら』(梶村啓二・応募作品数二百十六編)を読んでみたが、「よくもまあ、これで受賞できたものだ」という感想を持った。第四回も第五回も応募作品数は、ともに二百編なので、この賞を知らない人が多いに違いない。

鮎川哲也賞も、応募作品数は百五十編前後と少ないが、これは“前例のない新奇の本格トリック”が創出されていないと賞には届かないことが周知徹底されているので、かなり条件が異なる。

日経のサイトには「『野いばら』は二十一世紀の英国と幕末の横浜を自在に往還して紡がれた歴史ロマン。選考委員満場一致の高評価で選ばれた。妻と別れ、心にぽっかりと穴の開いた三十代の醸造会社勤務の男が欧州に出張中、かつての英国軍人の手記を偶然に手にする。百年の封印を解かれた手記には、生麦事件直後の横浜で情報探索を命じられた軍人の、女性日本語教師への秘めた思いが綴られていた。『読んでいて快い』『文章に対する完璧な信頼』と絶賛された」とあるのだが、こんな下手な文章を、ここまで大袈裟に持ち上げるのは、全くもって、いただけない。これでは、賞に対する信頼を失う。

私には生徒が大勢いて、あちこちの新人賞に応募しているが、たとえば小説現代長編新人賞だと、一次選考落ち、二次選考落ち、二次選考通過(この原稿の執筆時点では、そこまでしか判明していない)と、いずれも複数名いるが、『野いばら』は私の目には、一次選考落ちのレベルと映った。

サイトの記事を見れば、要するに時代劇の前後と中央部を現代劇でサンドイッチ状態に挟んだ物語構成であることが分かる。この現代劇の部分が全く要らない。主人公のキャラが立っていないし、文章が下手すぎて、読んでいて苛々してくる。台詞の括弧に続けて「そういうと・そういって」のオンパレード。どこか文章教室に行って文章術をイロハから勉強し直したほうが良いレベル。第二回の受賞作の『松林図屏風』(萩耿介)も文章は下手だし、かなり時代考証ミスも多いから、「この程度で充分」と甘く見たのかも知れないが。

案の定、受賞第一作までしか梶村作品は出ていない。逆に言えば、その程度のレベルで受賞できるのだから、とにかく新人賞を受賞したいアマチュアには格好の目標と言えるだろう。

で、その時代劇の部分だが、巻末に載せられている参考資料を良く読み込んでいることは分かる。だが、付け焼き刃の感は否めない。細部の時代考証に関して間違いが多々見受けられる。要するに『信長の棺』三部作のメガヒットで「日経は時代劇が好き」という噂を耳にして、急遽、時代劇に取り組んだ節が伺われる。

実際、日経の時代劇好きは間違いないが、これだけ時代考証ミスの多くある作品を出すところを見ると、選考委員も編集者も時代考証に疎い事実が歴然と見て取れる。

そういう点で日経小説大賞を時代劇で狙う視点自体は間違いではないし、素材選択さえ良ければ俄取材の付け焼き刃でも受賞に届くだろう。ただ、その後の時代考証の勉強が大変になることは覚悟しておいたほうが良い。

第四回の受賞作『神隠し』(長野慶太)も、さほど文章は上手くない(というか、ビジネス書作家から小説に転向した人に共通に見られる欠点がある)が梶村よりは数段マシ。これは『野いばら』から一転してミステリー。よほど『野いばら』が売れず、選考方針が変わったのだろう。

何がテーマなのか判然としないネーミングで大損しているが、誘拐事件もので、なおかつ広義の密室もの、飛行機もの(飛行場もの)、事件記者ものと、およそミステリーの売れそうな要素を全て揃えている。近年、江戸川乱歩賞受賞作は駄作が続いたが、『神隠し』のほうが、よほど出来が良い。

ほぼ登場人物全員のキャラが立っているし、読者(選考委員)をほろりとさせるエンディングも秀逸で、傑作と言って良いだろう。

一次選考落ちレベルの『野いばら』と、ビッグ・タイトル受賞作レベルの『神隠し』のように受賞作の出来映えが乱高下すると傾向が読みにくいが、読んで「この程度なら私にも書ける」と思うのは『野いばら』だろうから、今年も、そう読んでの応募作が集まるだろう、というのが私の読みだ。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

バックナンバー

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2017年8月9日 刑事ドラマの警察考証間違い(2017年9月号)
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2017年7月9日 予選を突破するには(2017年7月号)
2017年6月9日 日本ファンタジーノベル大賞(2017年6月号)
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2014年1月9日 江戸川乱歩賞(2014年1月号)
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2013年11月9日 鮎川哲也賞(2013年11月号)
2013年10月9日 小学館文庫小説賞(2013年10月号)
2013年9月9日 野生時代フロンティア文学賞(2013年9月号)
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2013年7月9日 ゴールデン・エレファント賞(2013年7月号)
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2013年4月9日 小説すばる新人賞(2013年4月号)
2013年3月9日 新潮エンターテインメント大賞(2013年3月号)
2013年2月9日 江戸川乱歩賞(2013年2月号)
2013年1月9日 小説現代長編新人賞(2013年1月号)
2012年12月9日 角川春樹小説賞(2012年12月号)
2012年11月9日 松本清張賞(2012年11月号)
2012年10月9日 日本ホラー小説大賞(2012年10月号)
2012年9月9日 横溝正史ミステリ大賞(2012年9月号)
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