江戸川乱歩賞(2015年2月号)

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2015.02.09

江戸川乱歩賞(2015年2月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

江戸川乱歩賞

今回は、一月三十一日締切(当日消印有効。四百字詰原稿用紙三百五十?五百五十枚。ワープロ原稿は30字×40行で、A4判のマス目のない用紙に縦書き印字して百十五?百八十五枚)の江戸川乱歩賞について論じることにする。

で、第六十回受賞作の、下村敦史『闇に香る嘘』(応募時のタイトルは『無縁の常闇に嘘は香る』)は、実に江戸川乱歩賞を狙うための、“傾向と対策”を立てるには絶好の作品と言えるだろう。

さすがは、五十三回、五十四回、五十七回、五十八回と、過去に四回も、最終候補に残った実績を残した実力派だけのことはある。

かつて、選考委員を務めた某氏が「新人賞を狙うのに、傾向と対策を立てるなど、意味がないどころか、百害あって一利なし」的な発言をしたことがあったが、はっきり言って大間違いである。

ビッグ・タイトルの新人賞を狙うのであれば、絶対に“傾向と対策”は立てなければならない。

おそらく前記の某氏は「傾向と対策を立てたら過去の受賞作に酷似した作品を書くことになる」と勘違いしたのだろうが、新人賞を狙うに際しての“傾向と対策”は、過去の受賞作を読んで、いかに似ていない作品を書くか、にキーポイントがある。

過去の受賞作を読んで研究しなければ、かえって偶然に酷似した作品を書いてしまうミスが起きる。そのほうが、よほど怖い。

さて、選考委員の有栖川有栖氏が講評で「後半に失速したり着地が乱れ」る作品があるような趣旨のことを書いていて、私も近年その思いを強くしていたのだが、『闇に香る嘘』は久々に、竜頭蛇尾で終わらない、竜頭竜尾と言える作品だった。

最近は、台詞の鉤括弧を閉じた後に「そう言って」を乱発する人間がいたり(「そう言って」は駄目である。台詞の括弧があれば、言ったことは自明なのだから、どんな口調と表情(主人公なら心情)で言ったのかを描写しなければならない。「そう」ではニュアンスは読者に伝わらない。「そう言って」と書く名文家はいない。超弩級に下手くそなプロ作家だけである)「返事を返す」と、平気で“馬から落馬”の文章を書いたり、「そして・だが・しかし」といった接続詞を乱発する受賞作(日本語は接続詞を減らせば減らすほど、代替表現を工夫する必要に迫られるので、否応なしに文章が上達する、という特徴を持っている)が多くて嘆いていたのだが、下村作品は久々に上手な文体で、すんなり中に入っていける受賞作だった。

新人賞を狙うに際して、参考にした小説の書き方のノウハウ本を下村氏はいくつか挙げていたのだが、その中に二冊、拙著が含まれていたので、「なるほど、そういうことであったのか」と納得して膝を打った次第。

『闇に香る嘘』の核心に入っていくと、実は目新しいトリックは、一つも使われていない。

本格ミステリーとしては使い古されている、二人一役と一人二役のトリックの組み合わせである。

このトリックを最も多用するのは二階堂黎人氏だろうと思うが(二階堂氏の場合には、人間のみならず、建物にまで応用して、二軒一役とか一軒二役のトリックを使っている事例がある)仮に二階堂氏が選考委員の中に加わっていたと仮定したら、果たして『闇に香る嘘』に対する評価は、どうだっただろうか。

ミステリー系の新人賞の選考委員は使われている核心部分のトリックを早々に見抜いてしまうと、その分だけ意外性が薄れるので、低い評価を与える事例が、ままある。

なので、応募しようとしている新人賞の選考委員の顔ぶれを見て、その選考委員が得意とする分野(得意とするトリックを含む)は、できれば外すようにするのが賢明である。

これも実は“傾向と対策”としては、非常に重要な要素である。

『闇に香る嘘』には目新しいトリックはないが、この弱点を綿密な取材によってカバーしている。

取材といっても、この場合は太平洋戦争終戦直後の満洲の混乱した事情なので、関連書籍を大量に読んだ、ということになる。

私は過去に戦記を量産したので、この部分には全く目新しさを感じなかったのだが、今回の選考委員には太平洋戦争ものを大量に書いた作家は一人もいないので、この点でも「目新しくない」などという理由で減点した選考委員はいなかっただろう。

ここまで述べてきたことで、本講座の読者諸氏には私が言いたい“傾向と対策”の骨子が見えただろう。

本格ミステリーに挑む場合、トリックを考えることを比較的得意にしている人と、苦手にしている人とがいる。

苦手だからといって嘆くには及ばない。過去に使い古されている“王道のトリック”であっても他の要素(選考委員が得意とする分野以外の綿密な取材)と組み合わせることで新鮮味を演出することができる。

そういう点で『闇に香る嘘』は、絶好のお手本になる。ぜひ、この作品を、そういう鑑識眼でもってメモをとりながら読んでみて欲しい。

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若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

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