本格トリックを創るのが苦手な人が ミステリーを書くには(2015年3月号)

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2015.03.09

本格トリックを創るのが苦手な人が ミステリーを書くには(2015年3月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

本格トリックを創るのが苦手な人が ミステリーを書くには

今月は、大きな新人賞の締切がない。

そこで、前回に引き続いて「本格トリックを創るのが苦手な人がミステリーを書くには、どうしたら良いのか?」というミステリー創作のノウハウについて論じることにする。

前回「過去に使い古されている王道のトリックであっても、他の要素と組み合わせることで新鮮味を演出することができる」と書き、第六十回江戸川乱歩賞受賞作の、下村敦史『闇に香る嘘』を論じたが、もう一つ、新規の本格トリックなしに選考委員を唸らせる手法が存在する。

それは「これでもか、というほど大量のドンデン返しを入れる」だ。

私の知っている中では横溝正史ミステリ大賞受賞作の井上尚登『T.R.Y.』および続編の『T.R.Y.北京詐劇』のドンデン返しの回数が最多である。両方とも絶版になっているが、容易に中古で入手できるので、未読の人は手に入れて、細かく分析しながら読んで欲しい。

これはABの対立する二人が、Aが勝ったと思ったらBが勝ち……と思ったら、実はAが勝ちで……と思わせて、やはりBが勝ちで……という調子で、執拗に何度もドンデン返しが起き、遂にはABどっちが勝つのやら、全く先が読めない、というストーリー構成になっている。

こういう手法で選考委員を唸らせるのが一つ。もう一つが『その女アレックス』(文春文庫)の手法である。

『アレックス』は「週刊文春2014年ミステリーベスト10」「ミステリが読みたい!」「IN OCKET文庫翻訳ミステリー」の三部門で一位という三冠を達成したミステリーだが、これも『闇に香る嘘』と同じく新奇の本格トリックは全然なく、既存のアイディアを巧妙に組み合わせたことによるドンデン返しで読者を唸らせる手法を採っている。

それだけに本格トリック創作を苦手とするアマチュアには参考になるはずで、この作品もまた細かく分析しながら読んでもらいたい。

ここ以降はネタバラシになるので未読の人は入手読了後に読んでください

文庫本で正味四百四十ページあって、原稿用紙換算なら八百枚を超える大長編だが、無駄が多い。

欧米の読者は気が長いので、こういう作品が多いのだが、日本のミステリー系新人賞だと「無駄に引き延ばしている」とされて、選考時の減点対象となるだろう。要注意。

最初、一方の主人公のアレックスという女性がストーカーに付き纏われた挙げ句に腕尽くで拉致監禁され、犯人から手ひどい暴行を受ける。

この暴行シーンが長すぎる。ここまで延々と書く必要はない。半分か三分の一程度にまで圧縮できる。

次に、この誘拐事件を担当する刑事が百四十五㎝の短躯で、過去に奥さんを誘拐されて胎児ともども犯人に惨殺された、という過去を持っていて、それがトラウマになっているのだが、シリーズ化を意識した作品でもない限り不要(つまり新人賞応募作には要らない)だし、これは応募作のオリジナリティに関わる問題だから、全く別の背景を考える必要がある。いずれにしろ、主人公の刑事の家族が何らかの事件で命を落としていて、という設定は定番と言うくらいに多いから、下手な設定を考えるくらいなら、ないほうがマシ。

また、上司(この作品では予審判事)が無能で刑事たちは振り回されて捜査が遅れるのだが、これもNG。

主人公の周囲に無能な上司を配して、両者の比較で主人公を有能に見せる手法は、たいてい失敗して、主人公は凡庸で上司はそれに輪を掛けた馬鹿、という状況にしかならない。

さて、アレックスは警察の捜査の手が伸びて救出される寸前に自力で脱出に成功するのだが、実はアレックスは普通の女性ではなく、男を次々に殺して回るサイコキラーだったという真相が浮かび上がってくる(これが第一のドンデン返し)。

アレックスが男を殺すペースが、どんどん加速していくが、その捜査の過程で、一見したところ無関係と見られた被害者相互の間に実は密接な関係があることが判明し、その鍵になっているのがアレックスの実兄だった(これが第二のドンデン返し)。

アレックスは海外逃亡を図る。が、その寸前に警察はアレックスの所在を突き止める。ところがアレックスはホテルの一室で死体となっていた(これが第三のドンデン返し)。

一見、アレックスは自殺だった。だが、それにしては不自然な点が多々あって、実兄が犯人として逮捕される(これが第四のドンデン返し)。

ところが、アレックスは、やはり自殺で、恨みのある実兄を殺人罪に陥れるために、他殺を偽装したのだった(これが第五のドンデン返し)。

アレックスが殺した男女は、全員が過去においてアレックスに精神的に立ち直れないほどの酷い暴行を働いており、アレックスは決してサイコキラーなどではなく、真っ当な動機を持って復讐したのだと判明する(これが第六のドンデン返し)。

もう一方の主人公の刑事と予審判事は、アレックスの実兄が罠に嵌まった無実の人間だと承知の上で、アレックスの復讐心に配慮して、実兄の逮捕起訴に踏み切る(これが第七のドンデン返し)。

ドンデン返しの回数に関しては異論があるかも知れないが、とにかく次々とドンデン返しを繰り出すことで選考委員の読みの更に上を行けば、新人賞に結びつく。そういう分析眼を持って、読んでみてほしい。

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若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

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