『このミステリーがすごい!』大賞(2015年6月号)

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2015.06.09

『このミステリーがすごい!』大賞(2015年6月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

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『このミステリーがすごい!』大賞

今回は、五月三十一日締切(消印有効。四百字詰換算で四百?六百五十枚)の『このミステリーがすごい!』大賞を論じることにして、まずは第十一回の大賞受賞作『生存者ゼロ』(安生正)を取り上げる。

私には、この作品が大賞に値するとは思えなかった。せいぜい優秀作のレベルだろう。大賞にしては欠点が多すぎた。とにかく登場人物のキャラ設定が良くない

これはビッグ・タイトルの新人賞を狙うアマチュアにとっては特に用心が必要なので、詳しく書く。

『生存者』はパンデミック・ミステリー(ここ以降、ネタバレになるので注意を)で、これは流行のように日米で映画が大量生産されたので、少しも珍しくない。

で、そう思わせておいて、村ごとあるいは町ごとの同時大量死は実は感染症ではなく、変異したシロアリが大量発生して人間を襲っていると分かるドンデン返しがあるのだが、これも映画『黒い絨毯』を彷彿とさせ、要するにパンデミックものと、鮫や大蛇に食われる怪獣もの(『黒い絨毯』は巨大蟻の大群)を足して二で割ったような作品と言える。

複数の既存作品のアイディアを組み合わせることで新鮮味を出す、という点では一応は〝傾向と対策?のお手本にはなる作品なのだが、登場人物のキャラ設定がステレオ・タイプに過ぎる。

主人公は廻田という陸上自衛隊の三等陸佐と富樫という感染症学者で、物語の三分の一ほどのところで弓削佳代という美人生物学者がヒロインとして加わるのだが、この三人以外は馬鹿か日和見主義者か自己中心的エゴイストかで、この対比で三人が極めて有能であるかのように映る。

『生存者』では、たまたま一定以上の成功をしたから許されるが、この手法は「主人公は馬鹿。その周囲は、もっと馬鹿で、多少は主人公がマシ」という状況になりかねない(書いている当人はそれに気づきにくい)から、絶対に採ってはいけない手法である。

この手の物語では「立場こそ違え、全員が有能で、ひたすら目標達成に向かって邁進する」ようなキャラ設定にしなければならない

そうすれば物語が醸し出す緊迫感は、各段に良くなる。

『生存者』においては、首相だとか厚労相、危機管理担当相が無能であるが故に招く危機が頻発し、そのためにスリルを感じるよりもシラケた箇所が、いくつもあった。

現実には三・一一東日本大震災の後の民主党内閣のように山ほどドジを踏む例はあるわけだが、現実に起きたからといって、それをなぞると、フィクションの物語においては、却ってリアリティを失うことが多い。「現実の出来事をなぞらない」は、エンターテインメントを書く場合には、要注意のキーポイントである。

そういう点で、第十二回大賞の梶永正史『警視庁捜査二課・郷間彩香 特命指揮官』は『生存者』の対極を行く物語となっている。

選考委員の茶木則雄氏が「銀行立てこもり事件。経済事犯を扱う捜査二課の女性刑事が現場の陣頭に立つことなど有り得ない。それも三十路の一警部補が警視庁捜査一係特殊犯係のSIT精鋭を指揮することなど絶対に有り得ない。

しかも進行中の現場に警察庁のキャリアが単独で介入するなど百二十%有り得ない。さらに、この警視長が特殊部隊SATの狙撃手を一名だけ引き連れてくるなど二百%有り得ない」と評しているほどリアリティ無視のオンパレードなのだが、これが全て伏線になっていて、ジグソー・パズルのピースのように、後半になって見事なくらい狂いなく嵌まり合う。

しかも『生存者』と違い、主要登場人物に馬鹿や間抜けは唯の一人もいない。一見、間抜けに見える行動さえもが緻密に計算されたドンデン返しの伏線になっている。

物語の根幹となっている動機はいささか荒唐無稽だが、これだけ緻密に伏線が張られ、しかも巧妙に伏線を閉じた物語を読まされると、許せてしまう。閉じ方は、冷静に分析してみれば強引だが、その強引さを、読んでいる間は全く感じさせないのが良い。

当講座で何回かに分けて触れた、ドンデン返しの入れ方も巧み。

捜査二課の刑事が立てこもり事件の捜査はしない(その一)

警察庁のキャリアが事件現場に来ることはない(その二)

完全包囲の銀行から犯人が脱出することは不可能(その三)

犯人は捜査二課の元刑事で、後輩の女性刑事をネゴシエーターとして指名(その四)

その犯人を命令なしにSATの狙撃手が射殺(その五)

瀕死の犯人を搬送していった救急車が、そのまま行方不明に(その六)

といった数ある伏線が全てドンデン返しに直結しているのは、ミステリー系のビッグ・タイトル新人賞を狙うアマチュアは見習うべきところ。

『生存者』のようにドンデン返しの数が少ないと、最も肝心の事件終息さえもがご都合主義に見えてしまう。要注意である。

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鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

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若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

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