大藪春彦新人賞(2018年7月号)

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2018.06.08

大藪春彦新人賞(2018年7月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

大藪春彦新人賞

今回は第一回大藪春彦新人賞受賞作の『藻屑蟹』(赤松利市)について述べる。

大藪春彦新人賞は応募規定枚数が四百字詰め換算で五十枚以上八十枚以内という短編賞で、ジャンルは、冒険小説、ハードボイルド、サスペンスという広義のミステリーだが、締切は四月二十五日。

既に締切日は過ぎているが、今回あえて取り上げる理由は「こういう作品を新人賞に応募してはいけない」と私が考える典型的な欠点を持った作品だからである。

『藻屑蟹』を読んで「なるほど!こういう作品が新人賞を射止め易いのか!」という大いなる勘違いをするアマチュアが、全国でさぞかし大勢出るのではないかと憂慮する。

『藻屑蟹』は技術的には、決して下手な作品ではない。まずまず上手な部類に属するだろう。

NGなのは、選んだテーマで、これ以上ないくらいの時事ネタなのだ。

三・一一東日本大震災と、その直後に起きた福島原発のメルトダウン、放射能汚染などを取り上げている。

過去、似たようなテーマで書かれた応募作が、それこそ、雨後の筍のように諸新人賞に大量に殺到して、一次選考の下読み選者に「またぞろ、似たようなのが来た」と、うんざりさせて、十把一絡げに束にして落とされたことか。

『藻屑蟹』は、大震災後に、大きな変化が起きた地元の町(C町と仮名で書かれているが、福島原発から五十キロと離れていない、と書かれているので、おおよその見当がつく)でパチンコ店に勤める半フリーターのようなダメ男が主人公。

この主人公設定も、NG。フリーターを主人公に設定した応募作も、やたら多い。

応募作品数の多い新人賞の一次選考は、ほとんど減点法によって行われるから、他の応募作と被る設定の主人公は「オリジナリティがゼロ」で、下読み選者によっては、これだけで落選にする可能性が充分ある。

文章の巧拙とか、主人公のキャラ立ち云々よりも、オリジナリティがあるかないか、のほうが加点減点の幅が大きいのだ。

主人公に設定するのは、できるだけ新聞やテレビで報道されない特殊な職業であるとか、極めて専門色が高くて、選考委員が知らないような蘊蓄が出て来る職業に就いているのが、選考時に高得点を挙げやすい。

さて、『藻屑蟹』では、原発の事故以来、さびれた町のパチンコ屋に、休日でもないのに朝から客が殺到するようになる。原発避難民の群れで、ここで原発避難民や事故原発の事後処理で働く作業員の事情が、延々と語られる。

しかし書かれている内容は、真偽のほどはともかくとして、三・一一以来、大量に出た原発関係の書籍や雑誌で紹介された内容から、一歩も出ていないに等しい。
困るのは、『藻屑蟹』を読んで、「なるほど! こういうふうに情報を集めて応募作に詰め込めば、新人賞を射止められるのか!」と思い違いをするアマチュアが大量に出そうな気がすることである。

大藪春彦新人賞の今回の応募作品数は三百六十一編。短編賞だから、分量的には長編賞の応募作の五十本前後にしかならない。下読み選者の人数も自ずと少なくなるし、外部の下読み選者に出さなくて徳間書店の編集部で行った可能性も充分ある。

ざっと見て、小説の体裁をなしていない作品(「公募ガイド」の「落選理由を探る」に送られてくる作品を読むと、そういう応募作が相当数あると容易に想像がつく)を片端から落としていけば、ほんの数人の作業で、一日で予備選考が可能だろう。

そうすると、ここまでに挙げた、「長編賞のビッグ・タイトル応募作なら絶対にやったらダメな禁忌」もスルーされてしまう可能性は充分にある。

『藻屑蟹』が、数々の問題点をクリアーして最終候補作に残り、文章の上手さと登場人物のキャラ立てで、グランプリを射止められた理由は、おそらくそういうことだっただろうと推察する。

後半の物語構成とエンディングは非常に巧い(応募作品数の多い長編新人賞だと、そのセールス・ポイントに到達する以前に、数々のNGポイントの累積で落選にされる)。

『藻屑蟹』は物語の中盤で「伝説の原発作業員」の異名を持つ、高橋という老人が出て来て、初めて盛り上がる(物語構成的に見ると、いささか手遅れ。長編新人賞ならそこまでに落選になっている可能性が高い)。

主人公が、この高橋老人を焼殺する(正確には自殺幇助)結末で終わり、この辺りの描写は非常に巧くて筆力が半端ではないことを痛感させられるのだが、いかんせん出すのが遅い。

作者の赤松が、ここまでデビューに手間取った理由は、この「出し惜しみ構成」だろう。特に長編新人賞では、少なくとも複数回の予備選考が行われるので、冒頭にセールス・ポイントとなるエピソードを最低でも二つや三つは盛り込んでおかないと(多ければ多いほど良い)、肝心の最終選考の門まで、辿り着けずに終わる。

『藻屑蟹』には、長編新人賞を狙うに際してやってはいけないこと、逆に、やるべきことのヒントが、ぎっしり詰まっている。

 
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若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

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