文章の欠点(2019年6月号)

  • 結果発表
  • 文芸

2019.05.09

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

文章の欠点

今回は、岸田るり子というミステリー作家を取り上げて論ずる。

二〇〇四年に『密室の鎮魂歌』で第十四回鮎川哲也賞を受賞し、デビューした作家で、十作以上の単行本の作品がある。他に文庫本が七作。

下手な文章を書く作家として、獅子宮敏彦という作家を敢えて、実名を挙げて論じたが、岸田も同程度に、文章が下手である。

新人賞を狙うに際しての細かな心構えとして「そして」という接続詞を使うな、それ以外の接続詞も可能な限り使うな、「しまう」という強調語を使うな、「のであった」という強調の終わり方をするな、台詞の後に「そう言うと」と書くな、鸚鵡返しの台詞を使うな、と注意を書いたが、岸田の作品にも、めったやたらと頻出する。

獅子宮の前年デビューの岸田が、寡作とはいえ、ほぼ順調に作品を出し続けているのに対し(最新刊は、四月発売の『Fの悲劇』の文庫版)獅子宮は六作しかない上に文庫収録されたものは一作もなく、松本清張賞に応募して再デビューを志す以外に文壇に残る道がない瀬戸際にまで、追い込まれた。

文章力は同程度に下手なのであるから、両者の作品を比較すれば、何をやれば良くて、何をやったらだめなのかがプロ作家を志すアマチュアにも自ずと指針になるはずである。

私は獅子宮の主人公のキャラクターに対して、ABCDEFの六段階評価ならEの魅力ゼロと評価した。

岸田の主人公のキャラクターに関しては私はBないしCを付ける。Aは傑作中の傑作キャラで、名うてのプロ作家でも、そうそう書けるものではない。

BないしCであれば「この作家の作品を、次も読んでみようか」という気になる。

DEだと「この作家はキャラが下手。他に面白い要素はないし、もういいや」となって、次の作品を手に取らない。結果、文壇から消える末路を辿る。

登場人物のキャラは、それくらい重要で「キャラの上手いは七難隠す」である。多少は文章が下手でも読者は読み続けてくれる。

ここで文庫本が出たばかりの岸田の『Fの悲劇』を取り上げて論ずることにしよう。このネーミング・センスも良い。エラリー・クイーンの『Xの悲劇』『Yの悲劇』『Zの悲劇』夏樹静子の『Wの悲劇』を連想させて「読んで見よう」 という気をミステリー・ファンに起こさせる。

『Fの悲劇』(以降、単に『F』と略す)では現在と二十年前の過去とが頻繁に行き来する。カットバックも入る。

私は、時系列が行ったり来たりする作品を応募作として書いたら駄目だ、という注意を再三再四している。

なぜNGなのかというと、応募作を審査する一次選考の下読み選者の頭が混乱するからだ。選考委員の混乱と落選は同義語である。

しかし、どう工夫しても時系列崩しが避けられない作品もある。そういう書き手にとっては『F』は非常に参考になる。現在なのか過去なのか、章タイトルの下に西暦が記されているので混乱することがない。

『F』は、主人公の藤野木さくらが二十年前に不可解な密室殺人事件で殺害された、女優で叔母の藤野木ゆう子(ラストのほうで実母だったと判明する)の死の謎を調べに行き、遂に犯人を突き止める物語である。

過去の物語部分では、殺害される藤野木ゆう子と、その高校時代のボーイフレンドの岩沢芳雄がW主人公つまり全体としてトリプル主人公の物語である。ゆう子のキャラも岩沢のキャラも無難にCのレベルで収まっている。

こういう複数主人公の物語で新人賞にチャレンジしようと考えているアマチュアには『F』は非常に参考になる作品と言える。

岩沢は、藤木ゆう子が殺害された直後に自殺しており(これも、さくらの調べで自殺ではなかったと判明するのだが)最大の証人が死んでいて、事件自体も時効になって関係者の記憶が風化している情況が、さくらの調べを余計に困難にしている。

この辺りの手法は秀逸。ただ、殺人事件の真相が、オウム真理教によるリンチ殺人を連想させるのは良くない。オウム真理教事件以来、カルト教団ものは山ほど応募作に送られて来て「また来た。オリジナリティがゼロ」で、ロクに読まずに落とされるから、応募者には要注意。

こういう長所を指摘しながら、私が敢えて文章の欠点をあげつらう理由は、仮に、登場人物のキャラの魅力も、ミステリーのトリックも同水準の作品と競合した場合には、どうあっても文章力が上の作品のほうに軍配が上がることが見えているからである。

もう一人、獅子宮や岸田と同程度に文章が下手な周木律という作家がいる。二〇一三年に『眼球堂の殺人』で第四十七回メフィスト賞を受賞してデビューし、既に二十作以上を多作している。

周木律の〝売り〞はスケールの大きな密室殺人事件トリックである。

獅子宮も、デビュー作こそスケールの大きな密室殺人事件トリックだったが、作品を追うごとにジリ貧になって既存作のトリックを組み合わせてお茶を濁す手法に走った。

そこへ持ってきて主人公のキャラが下手では、どうしようもない。 

 
 受賞できるかどうかは、書く前から決まっていた!

 あらすじ・プロットの段階で添削するのが、受賞の近道!

 あらすじ・プロット添削講座

 自分に合った文学賞はどれ? どこに応募すればいい?

 あなたの欠点を添削しつつ、応募すべき文学賞を教えます。

 文学賞指南 添削講座

若桜木先生が送り出した作家たち

日経小説大賞 西山ガラシャ(第7回)
小説現代長編新人賞 泉ゆたか(第11回)

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞 木村忠啓(第8回)

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞 山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞 近藤五郎(第1回優秀賞)
電撃小説大賞 有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)
『幽』怪談文学賞長編賞 風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞 鳴神響一(第6回)
C★NOVELS大賞 松葉屋なつみ(第10回)
ゴールデン・エレファント賞 時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

新沖縄文学賞 梓弓(第42回)
歴史浪漫文学賞 扇子忠(第13回研究部門賞)
日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

バックナンバー

2019年11月8日 江戸川乱歩賞(2019年11月8日更新)
2019年10月25日 横溝正史ミステリ&ホラー大賞 その3(2019年10月25日更新)
2019年9月9日 横溝正史ミステリ&ホラー大賞 その2(2019年10月号)
2019年8月9日 横溝正史ミステリ&ホラー大賞(2019年9月号)
2019年7月9日 時代劇本格ミステリーの手法(2019年8月号)
2019年6月7日 文章の巧いプロ作家(2019年7月号)
2019年5月9日 文章の欠点(2019年6月号)
2019年4月9日 「そして」「しまう」を使うな(2019年5月号)
2019年3月8日 新人賞を狙う際の心構え(2019年4月号)
2019年2月8日 ミステリー系新人賞の〝傾向と対策〞 その3(2019年3月号)
2019年1月9日 ミステリー系新人賞の〝傾向と対策〞 その2(2019年2月号)
2018年12月7日 ミステリー系新人賞の〝傾向と対策〞(2019年1月号)
2018年11月9日 ミステリー系新人賞を狙うなら(2018年12月号)
2018年10月9日 松本清張賞(2018年11月号)
2018年9月7日 時代劇本格ミステリー その2(2018年10月号)
2018年8月9日 時代劇本格ミステリー(2018年9月号)
2018年7月9日 警察考証のポイント(2018年8月号)
2018年6月8日 大藪春彦新人賞(2018年7月号)
2018年5月9日 選考委員との相性(2018年6月号)
2018年4月9日 予選突破作品のレベル(2018年5月号)
2018年3月8日 プロ作家への道(2018年4月号)
2018年2月13日 警察小説大賞(2018年3月号)
2018年1月9日 一次選考で落とされる4つのパターン(2018年2月号)
2017年12月18日 オール讀物新人賞(2018年1月号)
2017年11月13日 落選作のレベル5段階(2017年12月号)
2017年10月5日 刑事ドラマの警察考証間違い3(2017年11月号)
2017年9月5日 刑事ドラマの警察考証間違い2(2017年10月号)
2017年8月9日 刑事ドラマの警察考証間違い(2017年9月号)
2017年8月9日 小学館文庫小説賞(2017年8月号)
2017年7月9日 予選を突破するには(2017年7月号)
2017年6月9日 日本ファンタジーノベル大賞(2017年6月号)
2017年5月9日 受賞に必要な要素(2017年5月号)
2017年4月9日 新人賞が求めること、読者が求めること(2017年4月号)
2017年3月9日 展開を読まれてはならない(2017年3月号)
2017年2月9日 受賞するための三要素(2017年2月号)
2017年1月9日 アガサ・クリスティー賞(2017年1月号)
2016年12月9日 江戸川乱歩賞(2016年12月号)
2016年11月9日 時代劇で受賞するには(2016年11月号)
2016年10月9日 新人賞の選考基準(2016年10月号)
2016年9月9日 強い女性刑事の書き方(2016年9月号)
2016年8月9日 メフィスト賞 その2(2016年8月号)
2016年7月9日 メフィスト賞(2016年7月号)
2016年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞   その2(2016年6月号)
2016年5月9日 『このミステリーがすごい!』大賞(2016年5月号)
2016年4月9日 ばらのまち福山ミステリー文学賞(2016年4月号)
2016年3月9日 日経小説大賞(2016年3月号)
2016年2月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞(2016年2月号)
2015年5月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞(2015年5月号)
2015年4月9日 横溝正史ミステリ大賞(2015年4月号)
2015年3月9日 本格トリックを創るのが苦手な人が ミステリーを書くには(2015年3月号)
2015年2月9日 江戸川乱歩賞(2015年2月号)
2014年11月9日 松本清張賞(2014年11月号)
2015年1月9日 福山ミステリー文学新人賞/鮎川哲也賞(2015年1月号)
2014年12月9日 アガサ・クリスティー賞(2014年12月号)
2016年1月9日 新潮ミステリー大賞(2016年1月号)
2015年12月9日 島田荘司推理小説賞(2015年12月号)
2015年11月9日 江戸川乱歩賞(2015年11月号)
2015年10月9日 小学館文庫小説賞(2015年10月号)
2015年9月9日 野性時代フロンティア文学賞(2015年9月号)
2014年10月9日 横溝正史ミステリ大賞(2014年10月号)
2014年9月9日 野性時代フロンティア文学賞(2014年9月号)
2014年8月9日 小学館文庫小説賞(2014年8月号)
2014年7月9日 日経小説大賞(2014年7月号)
2014年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞(2014年6月号)
2014年5月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞(2014年5月号)
2014年4月9日 小説すばる新人賞(2014年4月号)
2014年3月9日 日本エンタメ小説大賞(2014年3月号)
2014年2月9日 小説現代長編新人賞(2014年2月号)
2014年1月9日 江戸川乱歩賞(2014年1月号)
2013年12月9日 日本ホラー小説大賞(2013年12月号)
2013年11月9日 鮎川哲也賞(2013年11月号)
2015年7月9日 日経小説大賞(2015年7月号)
2015年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞(2015年6月号)
2013年10月9日 小学館文庫小説賞(2013年10月号)
2013年9月9日 野生時代フロンティア文学賞(2013年9月号)
2013年8月9日 日本ラブストーリー大賞(2013年8月号)
2013年7月9日 ゴールデン・エレファント賞(2013年7月号)
2013年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞(2013年6月号)
2013年5月9日 日本ファンタジーノベル大賞(2013年5月号)
2013年4月9日 小説すばる新人賞(2013年4月号)
2013年3月9日 新潮エンターテインメント大賞(2013年3月号)
2013年2月9日 江戸川乱歩賞(2013年2月号)
2013年1月9日 小説現代長編新人賞(2013年1月号)
2012年12月9日 角川春樹小説賞(2012年12月号)
2012年11月9日 松本清張賞(2012年11月号)
2012年10月9日 日本ホラー小説大賞(2012年10月号)
2012年9月9日 横溝正史ミステリ大賞(2012年9月号)
2012年8月9日 小学館文庫小説賞(2012年8月号)
2012年7月9日 日本ラブストーリー大賞(2012年7月号)
2012年6月9日 『幽』怪談文学賞(2012年6月号)
2012年5月9日 『このミステリーがすごい!』大賞(2012年5月号)
2012年4月9日 ゴールデン・エレファント賞(2012年4月号)
2012年3月9日 小説すばる新人賞(2012年3月号)
2012年2月9日 江戸川乱歩賞(2012年2月号)
2012年1月9日 朝日時代小説大賞(2012年1月号)
2011年12月9日 松本清張賞(2011年12月号)
2011年11月9日 日本ホラー小説大賞(2011年11月号)
2011年10月9日 キャラ立て(2011年10月号)
2011年9月9日 リアリティ(2011年9月号)
2011年8月9日 時代小説の文学賞(2011年8月号)
2011年7月9日 日本ラブストーリー大賞について(2011年7月号)
2011年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞について(2011年6月号)
2011年5月9日 日本ファンタジーノベル大賞 その2(2011年5月号)
2011年4月9日 日本ファンタジーノベル大賞について(2011年4月号)
2011年3月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞について(続)(2011年3月号)
2011年2月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞について(2011年2月号)
2011年1月9日 新潮エンターテインメント大賞について(2011年1月号)
2010年12月9日 小説現代長編新人賞について(2010年12月号)
2010年11月9日 松本清張賞について(2010年11月号)
2010年10月9日 新人賞を狙う基本常識について(2010年10月号)
2010年9月9日 歴史群像大賞について(2010年9月号)
2010年8月9日 『幽』怪談文学賞長編賞について(2010年8月号)
2010年7月9日 日本ラブストーリー大賞について(2010年7月号)
2010年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞について(2010年6月号)
2010年5月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞について(2010年5月号)