時代劇本格ミステリーの手法(2019年8月号)

  • 結果発表
  • 文芸

2019.07.09

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

時代劇本格ミステリーの手法

出版界は依然として絶不況で、一向に上向く気配が見えない。スマホの空前絶後の普及で、スマホで小説を読むような風習が生まれるまでは駄目かも知れない。

この講座でも何度か触れたが、辛うじて売れているのが時代劇、警察ミステリー、本格ミステリーの三ジャンルだけである(といっても他ジャンルが潰れたので、比較参照の問題で売れているような錯覚が起きるだけで、松本清張が社会派ミステリーから歴史小説まで書きまくっていた時代の隆盛には遠く及ばない)。

以前、可能性のある第四のジャンルとして「時代劇本格ミステリー」を取り上げた。鳴神響一の『多田文治郎推理帖』シリーズだが、その流れで、ちょっと古いが二〇〇六年に小説推理新人賞を受賞してデビューした誉田龍一の受賞作 『消えずの行灯 本所七不思議捕物帖』を取り上げる。

これは「時代劇本格ミステリー」 の短編連作である。ネット検索をかけると、誉田作品は単著だけで四十冊が出ている。まずまずの安定した売れっ子振りだから、この方向で新人賞を狙うのは可能性がある。

しかし受賞作『消えずの行灯』の時代考証は間違いだらけで、出鱈目に近い。双葉社から出ている時代劇は、最近の作品でも時代考証の間違いが目に付くから、双葉社の編集部には時代考証に詳しい人間がいないことが分かる。

しかし、小説推理新人賞の選考委員は三年ごとに交代する。時代考証に詳しい作家が選考委員に入る可能性も充分に考えられるのだから、最低限の時代考証は押さえておかなければならない。『行灯』では、容疑者の武士の屋敷を、表 札の苗字で見つける。こんな馬鹿げたことを書いてはいけない。

武家屋敷は天下泰平の時代であっても表札などは出さない。いつ、敵が斬り込んでくるか分からないからで、郵便制度が発足した後も、かなりの期間、表札を掲げる習慣がなかった。

だから、訪問先の武家屋敷の位置を知るための必須アイテムだったので、江戸時代は切絵図が売れに売れたベストセラーだったのである。

私は、こういう出鱈目な時代劇を書く作家の作品は、それきりにして読まない。

読む本は山ほどあるのに、わざわざ時代考証に無知の作家が書く時代劇を読む必要性を感じない。

出鱈目時代劇では島津義忠という作家がいる。島津は、左利きは右腰に刀を差すと書いている。これが、どれほど出鱈目かは、現代の車社会において、右利きは右ハンドルで左側通行、左利きは左ハンドルで右側通行と交通法規を決めているのに等しい、と喩えれば理解できるはず。

左利きが右腰に刀を差していたら道で他の武士とすれ違う場合に刀の鞘と鞘がぶつかって、斬り合いが起きる。

また、武士がどこか他家を訪問する際は、玄関で大刀を腰から外して家人に預けるか、右手に持って中に入るのが儀礼だった。

そのまま刀を携えて誰かに面会する場合には、座敷に通されると刀を『自分の右側』に置いて座る。「右利きなら、刀を右手に持っていれば刀を左手に持ち替えない限り抜けない」「右利きなら、刀を自分の右側に置いて座っていれば刀を何らかの方法で左手で持ち替えないと抜けない」ので『訪問先に対して害意がない』ことを示す儀礼だった。

現代と違って左利きは必ず右利きに矯正される。左利き用の構えがある流派も存在するが、それでも刀を右腰に差すことは絶対にない。現代でも、左手で握手する人間は、いないだろう。それと同じ。

このように「この時代劇作家は時代考証に無知」と分かった時点で、時代考証に詳しいファンは私のように見放す。

だから、応募時点で一定以上の時代考証の知識を身につけておくことは必須の心懸けである。

いささか脱線したので誉田作品に話を戻そう。『行灯』では名探偵役を務めるのは榎本武揚である。

時代劇において榎本は超有名人である。普通の時代劇応募作であれば超有名人を出しただけで落とされると思っていたほうが良い。

これ以外にも、今井信郎(坂本龍馬を暗殺したと言われる男)や、後に怪談落語家として高名になる三遊亭円朝の青年時代、家業の薬を行商販売していた当時の土方歳三までもが出て来る。

時代劇で新人賞を射止めようと思ったら、できるだけマイナーな人物を掘り起こす必要がある。

榎本は鳴神響一の多田文治郎よりも遙かにメジャーな歴史上の人物である。三遊亭円朝も土方歳三も、超の付く有名人。時代劇本格ミステリーでは、これが許される。

鮎川哲也賞受賞作『千年の黙』では紫式部が名探偵だったが、信長、秀吉、家康、あるいは武田信玄や上杉謙信、真田幸村を名探偵に仕立てても、時代劇本格ミステリーならば許される。そういう点で誉田が『行灯』で採った手法は参考になる。

 
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若桜木先生が送り出した作家たち

日経小説大賞 西山ガラシャ(第7回)
小説現代長編新人賞 泉ゆたか(第11回)

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞 木村忠啓(第8回)

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞 山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞 近藤五郎(第1回優秀賞)
電撃小説大賞 有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)
『幽』怪談文学賞長編賞 風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞 鳴神響一(第6回)
C★NOVELS大賞 松葉屋なつみ(第10回)
ゴールデン・エレファント賞 時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

新沖縄文学賞 梓弓(第42回)
歴史浪漫文学賞 扇子忠(第13回研究部門賞)
日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

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2015年10月9日 小学館文庫小説賞(2015年10月号)
2015年9月9日 野性時代フロンティア文学賞(2015年9月号)
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2013年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞(2013年6月号)
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2010年8月9日 『幽』怪談文学賞長編賞について(2010年8月号)
2010年7月9日 日本ラブストーリー大賞について(2010年7月号)
2010年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞について(2010年6月号)
2010年5月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞について(2010年5月号)