横溝正史ミステリ&ホラー大賞 その3(2019年10月25日更新)

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2019.10.25

駄作の翌年は応募が殺到

前々回、前回に引き続き、横溝正史ミステリ&ホラー大賞の受賞作について論じる。

もう応募締切日を過ぎているが、江戸川乱歩賞などミステリー系の応募の参考になるはずなので、そのつもりで読んでほしい。

今回、取り上げるのは、第三十八回の優秀賞受賞作『人間狩り』(犬飼理人)である(大賞は、該当作なし)。

前回「傑作が出ると、その翌年には「この賞は、レベルが高いから、自分には無理」と敬遠する傾向が見られる」と書いた。

逆に、駄作が受賞すると、「こんな低レベルの作品で受賞できるんだったら自分も射止められるのでは」という気持ちで応募作が殺到する。

実際、第三十八回の応募作は第三十七回の二倍以上の応募作品数という、露骨なまでの現象が見られた。

で、ここからは『人間狩り』の実際の細かい分析に踏み込んでいくので、前回の原稿と見比べつつ読んで欲しい。

まず、主人公(視点を置く人物)は二人である。『悪い夏』のように五人も出てこない。

最初に出て来る主人公は伊東美月だが、これは、すぐに惨殺されてしまう〝使い捨ての主人公〟で、これは真の意味の主人公の内には数えられない。あくまでも主人公は二人である。

これは非常に良い。横溝正史ミステリ&ホラー大賞のように応募規定枚数の上限が七百枚、江戸川乱歩賞のように上限が五百五十枚といった枚数では、主人公のキャラを立てやすい人数である。

溜息を吐く主人公はキャラが立たない

では、ここからは『人間狩り』のキャラ立てが成功しているか否か、に関して踏み込んでいく。

第一の主人公は警視庁警務部第一課に属する監察官である。係長で階級は警部補。

ところが、この白石のキャラが立っていない。とにかく、やたら溜息を吐く。最初は溜息の回数を数えていたが、あまりに大量に出て来るので、イヤになって止めた。暇な人は溜息の回数を勘定しながら読んで見て欲しい。

溜息シーンは感心しない。なぜか新人賞応募作は、やたらと溜息シーンが出てくる。あまりに大量に使われるので、オリジナリティにならない。それどころか、減点対象。何か別のことでキャラ立ての工夫をする。

そもそも、溜息はネガティブなリアクションなので、特に主人公に関してはNG。ポジティブなリアクションにしないと登場人物のキャラは立たない。

つまり『人間狩り』が大賞を射止め損なった第一の原因は、主人公の白石の溜息の多さ(情けない性格)にあると、私は分析した。

新人賞受賞を狙うアマチュアは、くれぐれも主人公に溜息を頻発させない(基本的にゼロに抑える)ように、要注意である。

白石に託された事件は、冒頭の使い捨て主人公の美月が絞殺され、両眼が抉られる場面を撮影したビデオがネット上で販売され、流出元が事件当時に捜査に携わった刑事の誰かだとしか考えられないことから、その犯人探しである。

第二の主人公は、カード会社で返済が滞っている顧客に電話を架けて督促する係の三田江梨子である。

この江梨子も、めったやたらと溜息を吐く。白石と江梨子を合わせていったい何十回の溜息シーンが出て来るのかと、呆れるばかり。

登場人物はもっと削れる

この他に台詞のある主要登場人物が、白石の姪で同居している玲奈、白石の部下で巡査部長の泉繭子、三咲殺人事件当時の刑事の阿波野と美馬、与那嶺、江梨子担当のクレーマーの宇津木、犯罪者をネット上に曝して情報私刑に掛ける〈ネット自警団〉管理人の山本弥生と龍馬、美月の兄の由紀夫、美月殺人犯の落合誠司、事件当時に警視庁内部からの漏洩情報を基に特ダネ記事を書いた松木と、十一人、出て来る。

この十一人の重要度には差があるので、応募規定枚数との絡みで三人は削れる。与那嶺と由紀夫は不要だし、宇津木と松木は重要度が低い。

こうやって削ってみると、江戸川乱歩賞の規定の五百五十枚までに圧縮する作業は、さほど難しくない。

重要度が低い人物はステレオ・タイプの描き方なので、そのつもりで読めば不要なことは誰にでも分かるだろう。

『人間狩り』でキャラが立っているのは〈ネット自警団〉の山本弥生とネット処刑人の龍馬である。

弥生は自分の命を懸けて復讐を遂げるし、龍馬の行動力も出色。

この二人と比べると主人公の白石と江梨子の人間的な魅力のなさが際立つ。あまりに情けない。

『人間狩り』は悲惨を極める物語ではあるが、『悪い夏』と違って最後の最後には救いがある。

誰が、どういう動機で惨殺ビデオをネット上に流出させたのかに始まって、少年法の不合理な規定によって罪を免れた犯人の落合に対する復讐が如何にして果たされるのか、その手法にも意外性があって秀逸なのだが、大勢いる登場人物の大半にキャラクター的な魅力が乏しいのが大きな汚点となっている。

そういう観点で、『人間狩り』を分析しつつ読めば、ミステリー系新人賞を射止めるのに、役立つはずである。

プロフィール

若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

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