鮎川哲也賞 その2(2020年5月22日更新)

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2020.05.22

傑作が続いた後のレベル急降下

今回は前回に引き続き、第28回の鮎川哲也賞受賞作『学校に行かない探偵』(川澄浩平)について論じる。

第26回の鮎川哲也賞受賞作『ジェリーフィッシュは凍らない』(市川憂人)は、パラレル・ワールドSFで随所にご都合主義が散見されたが、アイディア的にも、かなりの傑作だった。

第27回の鮎川哲也賞受賞作『屍人荘の殺人』(今村昌弘)は、ゾンビを殺人のトリックに使うという度肝を抜いた傑作で、浜辺美波や神木隆之介の主演で即座に映画化されたほどである。

こういう傑作が続いた後は「これほどハードルが高くては、とてもじゃないが、自分の実力では狙えない」と相当数のアマチュアが他のミステリー系新人賞(江戸川乱歩賞、『このミステリーがすごい!』大賞、横溝正史ミステリ&ホラー大賞など)に流れて、一気に応募作のレベルが急降下する現象が起きる。

これは必ずしも絶対とは言い切れないが、8割方は当て嵌る。これは何度か当講座で書いているので、記憶に留めている人も多いだろう。

市川憂人は、その後、毎年1作ずつ新作を発表して、現時点で4作の著作数。今村昌弘は『魔眼の匣の殺人』という『屍人荘の殺人』の続編を出している。

『ジェリーフィッシュは凍らない』と『屍人荘の殺人』を読むと、「こういう作風の作家なら次の作品を読んでみたい。次回作なら、どういう裏切られ方をするだろうか?」という気になる。

しかし、『学校に行かない探偵』は、そういう気を起こさせない。つまり、レベルが低い。私には、どうしてこれが受賞作なのか理解できなかった。

「該当作なし」か、良くて「優秀賞」止まりだろう。こんなスケールの小さい作品を書いていたら、作者の川澄は遠からず文壇から消える。

文壇に生き残るためには受賞第一作で、よほど“大化け”しなければならないが、そんな気がしない。文章も下手すぎる。

文章が下手と言えば、新潮ミステリー大賞の第1回の最終候補作で、新潮文庫で刊行された『さとり世代探偵のゆるやかな日常』(九頭竜正志)もド下手だった。あまりの下手さに、途中で読む気を喪失して、投げた。

これほど下手な作品でも最終候補に残れるとは、新潮ミステリー大賞の第1回は、よほどの惨憺たる駄作揃いだったに違いない。

とにかく両作品とも台詞の後に「そう言って」「そう言うと」が頻出する。台詞の括弧があるんだから言ったことは自明で、となると「そう」がニュアンスを意味しているはずだが、これが分からない。

どういうニュアンスの台詞かは「適当に解釈してください」と読者に丸投げしている。最初の1回や2回は、許せる。が、あまりに頻出すると、うんざりしてくる。

強調語の「しまう」「しまった」も乱発。年がら年中「しまう」「しまった」が出てくると、ただもう、目障りなだけである。

案の定、九頭竜正志は『さとり世代探偵』以降の作品が出ていない。川澄も、よほど心根を入れ替えて文章を1から学び直さないと、九頭竜の轍を踏むことになる。

応募作次第でラッキーな受賞も

あらゆる新人賞の中で受賞者の生存率が最も高いのが鮎川哲也賞だが、『学校に行かない探偵』は、その伝統を穢しかねない駄作。

選考委員の辻真先さんは選評で「“なんの変哲もない学園ミステリ”かよ、という第一印象、それも一瞥すれば、連作短編集らしい。毎度のように評者の誰かがいうことだが、書いた人はフレッシュなつもりでも、手垢のついた人物、定石まみれの事件、既視感いっぱいのドラマがほとんどというジャンルなのだ」と書いているが、『学校に行かない探偵』は、まさに、このとおりの駄作。

なぜ、大御所の辻さんが最終的に『学校に行かない探偵』の授賞に賛成したのか、理解に苦しんだ。

学園ミステリーの受賞作なら第21回の受賞作『眼鏡屋は消えた』(山田彩人)や第22回の受賞作『体育館の殺人』(青崎有吾)よりも格段に劣る。

まあ、『眼鏡屋は消えた』は色々と欠点があった作品なので著者の山田は、その後は大した活躍をしていないが『学校に行かない探偵』を『体育館の殺人』と読み比べてみれば、どれほど劣っているかは歴然。

主人公は語り部というか“狂言回し役”で、真の名探偵はド変人という設定も両作品に共通しているが、全てにおいて『学校に行かない探偵』のほうが劣っている。
『学校に行かない探偵』は一応、探偵役の鳥貝歩のキャラは立っているが、出色というほどではない。

ヒロインの海砂真史はバスケットボール部で身長169㎝で「総身に知恵が回りかねる」タイプ。学内で事件が起きるたびに歩の知恵を仰ぐのだが、“なんの変哲もないチンケな事件”ばかり。

多少、面白かったのが、第4話の『家出少女』だが、それまでの3話と比較しての話であって、伝統ある鮎川哲也賞の受賞作に相応しいとは、どうしても思えなかった。

まあ、応募作が駄作ばかり揃えば、こういったラッキーな受賞も有り得るのか、という気持ちで、『体育館の殺人』と『学校に行かない探偵』を読み比べてみて欲しい。

多少はミステリー系新人賞に応募する際の“傾向と対策”に、なるかも知れない。

プロフィール

若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
 

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