角川春樹小説賞(2020年8月7日更新)

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2020.08.07

主要登場人物のイメージ・キャストを決めること

今回は、角川春樹小説賞(11月20日締切。400字詰原稿用紙で300枚以上550枚以下。A4用紙に30文字×40行で印字)について論じる。

今回は第8回受賞作の『横濱つんてんらいら』(橘沙羅)を取り上げる。

かなり文章が達者で上手い。と思ったら講談社から『駒、玉のちりとなり』『天駆ける皇子』の2作品で既にデビューしていた(講談社Birthレーベルで、ペンネームは藤ノ木陵)。

純粋の新人とはいえない。だが、応募要項に「新人に限る」の断り書きがないので、これは問題ない。現在、新人賞の大多数は「アマ・プロ問わず」である。

カバー・デザインを見ると「ライトノベル時代劇」の印象を与えるが、講談社の2作品が、レーベルから見てライトノベルなので、当時の読者を取り込もうと編集部で考えたものか。

講談社Birthレーベルは2011年5月刊行の青柳碧人作品を最後に刊行休止となったので、橘沙羅は新人賞を受賞しての再デビューを考えたものだろう。

アマゾンの著者紹介に「早稲田大学第一文学部卒業。学生時代は西洋史を専攻したが、古代日本(6世紀末)と奈良の風土に惹かれて、歴史小説を書き始める」とあるように、ライトノベルにしては、かなり難しい言葉を使う。

そこが、真っ当な時代劇なのかライトノベル時代劇なのか、どっちつかずの印象を与えて損。

主人公は、すず、という17歳の少女。橘沙羅が『横濱つんてんらいら』を応募した当時、広瀬すずが主人公と同じ17歳。日本テレビの『学校の怪談』で初主演して人気女優への道を一気に駆け上り始めたところだから橘沙羅は広瀬すずをイメージして応募作を書いたとしか思えない。

実際、頭の中で広瀬すずを思い浮かべながら『横濱つんてんらいら』を読んでいくと、少しも違和感がない。行動力旺盛だが、ちょっとオッチョコチョイなところなど、まさに広瀬すずを彷彿とさせる。

選考委員も私と同じ読み方をしたか否かは、選評に書かれていないので分からないが、応募作を書くに際して主要登場人物のイメージ・キャストを決めることは大事である。

しかも、選考委員が作者と同じ、もしくは、酷似したイメージを持ちながら読んでくれるように書くことは、必須である。

選評では「いかがわしい街の雰囲気や、漂って来る生活の匂いなどが、説明でなく、きちんと描かれ」(北方謙三)などと、その部分が高評価である。

また、「現代が舞台であればありふれたミステリーになるところを、明治の横浜を舞台にすることによって、目新しく見せた点もいい」という今野敏の講評は、極めて重要である。

時代設定を変えて斬新な印象を与える

物語の時代設定を変えるだけで、骨格は変えなくても斬新な印象を与える、という事例は、いくらでもある。

たとえば、現在、SFは全く売れていないので、SFと見ただけで、内容の出来不出来に無関係に一次選考で落とされる新人賞が相当数、存在する。

その一方で「どうしても私は、SFで新人賞に勝負したい」という“SF大好き”アマチュアも大勢いる。

そういう人は「このSFの設定骨子を活かして時代劇に仕立てることは不可能か?」と自分の構想を客観的に分析してみると良い。

私の生徒では小説現代長編新人賞の第11回の受賞者の泉ゆたかが、まさに、そうだった。

彼女は学習塾に関わった経験が長かったので、それを活かそうとして現代の学習塾ものを書こうと考え、私のところにプロットを持ってきた。

しかし、現代人で学習塾に通った経験がない人は、まず、いない(特に選考委員に関しては)から、どういうエピソードを捻り出しても、既視感(どこかで見たような話)を与えてしまう。

私は「これでは既視感が強すぎて予選突破できない。この物語骨子のまま江戸時代の寺子屋の物語にすれば、現代人で寺子屋を詳しく知っている人間などは、そっちが専門の研究者以外には存在しないのだから、新鮮味をアピールできて新人賞を狙える」とアドバイスし、狙いどおり小説現代長編新人賞のグランプリを射止めることができた。

そういう視点で『横濱つんてんらいら』を読んでみてほしい。

「この阿片の話は、現代の大麻や覚醒剤の話だったら陳腐だよな」「この誘拐事件(すずの親友の喜代が女衒に誘拐され、身代金が請求される)も、現代劇なら月並みだよな」という感想を持つだろう。

そういう分析が新人賞狙いの“傾向と対策”になる。

なお『横濱つんてんらいら』には1箇所、大きなミスがある。

233ページで、すずは悪党に捕まり、鳩尾に当身を食らって気絶する。しかし、鳩尾では気絶しない。気絶するのは顎か側頭部をやられた時で、当身も、ここを強打する。

鳩尾で気絶するのは時代考証が出鱈目のテレビ時代劇で、そういう場面が多く、その「間違った情報」が頭に刷り込まれたわけである。

しかし、格闘技の専門家で、自分の道場を持っている今野敏が、この初歩的な間違いを訂正させなかったのはいただけない。

プロフィール

若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
 

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