パロディ その2(2021年7月9日更新)

  • コラム・リサーチ
  • 文芸

2021.07.09

パロディなのかオマージュなのか

江戸川乱歩賞の受賞作に、またまた、ややこしい作品が応募され、こちらは、パロディではなく、オマージュとされて、グランプリを射止めた。

第58回の受賞作『カラマーゾフの妹』である。

 
『探偵の夏』の岩崎正吾との最大の違いは、岩崎正吾がまるっきりの新人だったのに対し、受賞者の高野史緒は、過去にビッグ・タイトル新人賞候補(『ムジカ・マキーナ』で日本ファンタジーノベル大賞候補となり、デビュー)の経歴を持つプロ作家だったからである。

 
「プロ作家なら、パロディとオマージュの相違は、十二分に承知しているはずだ。パロディを応募してくるはずがない」という性善説に基づいた意識が選考委員の中で全く働かなかったといえば、嘘になるだろう。

パロディなのかオマージュなのか、境界線の曖昧な作品を最初に書き始めたプロ作家は、江戸川乱歩だろう。

江戸川乱歩の『緑衣の鬼』は、イーデン・フィルポッツの『赤毛のレドメイン家』のパロディなのかオマージュなのか。

 
これは、どっちとも解釈できる。新人賞応募作ではないから、誰も問題提議など、しない。

出版社にしてみれば、売れさえすればパロディなのかオマージュなのか、どっちでも良いし、読者にしてみれば読んで面白ければ、パロディなのかオマージュなのか、どっちでも良い。

私も含め、承知の上で両作品を読んだ読者も、多いに違いない。

それ以前の酷似した作品群は、圧倒的にオマージュである。

江戸時代の著作権

江戸時代ともなると(もちろん、それ以前の時代も)著作権の概念など存在しないし(ごく一部に、著作権侵害が江戸町奉行所の民事訴訟の対象となった事例が存在するが)、先行作品に酷似する作品を描く行為は、その作品に対するオマージュである。

例えば、俵屋宗達の『風神雷神図』。

 
これを模倣した尾形光琳の『風神雷神図』。

 
更に、それを模倣した酒井抱一の『風神雷神図』。

 
現代人から見れば後の2作品は、俵屋宗達の『風神雷神図』の盗作である。

特に酒井抱一は、姫路15万石の酒井家の次男坊で、かなりの贅沢を許されていた。

実兄の殿様に万が一の事態が起きた場合に備えて(江戸時代には、跡継ぎがない状況で殿様が急死した場合には御家断絶、よほどの名家でも、例えば上杉謙信以来の名家の上杉家でさえ石高を半減にされ、出羽米沢に転封させられた)何度も実兄の養子になっている。

酒井抱一の作品は非常な評判となり、姫路酒井家では、幕閣への賄賂として現金の代わりに、何度も酒井抱一の描いた絵を送っている。

酒井抱一にかなりの贅沢を許したと言っても、大大名の姫路酒井家にしてみれば、微々たる出費でしかない。それよりは、幕閣への賄賂の出費を抑えられることのほうが、よほどありがたいのである。

しかし、尾形光琳の『風神雷神図』と酒井抱一の『風神雷神図』は明らかに模倣であるから、現代の日本政府の文部科学省としては、差を付けないわけには、いかない。

そこで俵屋宗達の『風神雷神図』は国宝、尾形光琳の『風神雷神図』は重要文化財という処遇になった。

これが奈良平安時代の作品となると、どちらかが他方の模倣である。が、しかし、どちらが先行作品なのかは断定不可能なので、どちらも国宝となっている。

「半跏思惟像」として有名な中宮寺の『木造菩薩半跏像』と広隆寺の『宝冠弥勒』は、そうだと言えそうである。

ぜひとも『風神雷神図』と『半跏思惟像』を見比べていただきたい。

プロフィール

若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
 

バックナンバー

2021年10月8日 現代と昔で大きく意味が異なる言葉 その2(2021年10月8日更新)
2021年9月9日 現代と昔で大きく意味が異なる言葉 その1(2021年9月9日更新)
2021年8月6日 パロディ その3(2021年8月6日更新)
2021年7月9日 パロディ その2(2021年7月9日更新)
2021年6月9日 パロディ その1(2021年6月9日更新)
2021年2月10日 休載のお知らせ(2021年2月9日更新)
2021年1月9日 落選する理由(2021年1月9日更新)
2020年12月9日 時事ネタを書くなら(2020年12月9日更新)
2020年11月9日 文学賞の時代考証について(2020年11月9日更新)
2020年10月9日 角川春樹小説賞 その3(2020年10月9日更新)
2020年9月9日 角川春樹小説賞 その2(2020年9月9日更新)
2020年8月7日 角川春樹小説賞(2020年8月7日更新)
2020年7月9日 新潮ミステリー大賞 その2(2020年7月9日更新)
2020年6月9日 新潮ミステリー大賞(2020年6月9日更新)
2020年5月22日 鮎川哲也賞 その2(2020年5月22日更新)
2020年5月8日 鮎川哲也賞(2020年5月8日更新)
2020年3月24日 直木賞受賞作『熱源』について(2020年3月24日更新)
2020年2月7日 新潮ミステリー大賞(2020年2月7日更新)
2020年1月17日 アガサ・クリスティー賞 その2(2020年1月17日更新)
2019年12月9日 アガサ・クリスティー賞 その1(2019年12月9日更新)
2019年11月8日 江戸川乱歩賞(2019年11月8日更新)
2019年10月25日 横溝正史ミステリ&ホラー大賞 その3(2019年10月25日更新)
2019年9月9日 横溝正史ミステリ&ホラー大賞 その2(2019年10月号)
2019年8月9日 横溝正史ミステリ&ホラー大賞(2019年9月号)
2019年7月9日 時代劇本格ミステリーの手法(2019年8月号)
2019年6月7日 文章の巧いプロ作家(2019年7月号)
2019年5月9日 文章の欠点(2019年6月号)
2019年4月9日 「そして」「しまう」を使うな(2019年5月号)
2019年3月8日 新人賞を狙う際の心構え(2019年4月号)
2019年2月8日 ミステリー系新人賞の〝傾向と対策〞 その3(2019年3月号)
2019年1月9日 ミステリー系新人賞の〝傾向と対策〞 その2(2019年2月号)
2018年12月7日 ミステリー系新人賞の〝傾向と対策〞(2019年1月号)
2018年11月9日 ミステリー系新人賞を狙うなら(2018年12月号)
2018年10月9日 松本清張賞(2018年11月号)
2018年9月7日 時代劇本格ミステリー その2(2018年10月号)
2018年8月9日 時代劇本格ミステリー(2018年9月号)
2018年7月9日 警察考証のポイント(2018年8月号)
2018年6月8日 大藪春彦新人賞(2018年7月号)
2018年4月9日 予選突破作品のレベル(2018年5月号)
2018年5月9日 選考委員との相性(2018年6月号)
2018年3月8日 プロ作家への道(2018年4月号)
2018年2月13日 警察小説大賞(2018年3月号)
2018年1月9日 一次選考で落とされる4つのパターン(2018年2月号)
2017年12月18日 オール讀物新人賞(2018年1月号)
2017年11月13日 落選作のレベル5段階(2017年12月号)
2017年10月5日 刑事ドラマの警察考証間違い3(2017年11月号)
2017年9月5日 刑事ドラマの警察考証間違い2(2017年10月号)
2017年8月9日 刑事ドラマの警察考証間違い(2017年9月号)
2017年8月9日 小学館文庫小説賞(2017年8月号)
2017年7月9日 予選を突破するには(2017年7月号)
2015年5月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞(2015年5月号)
2015年4月9日 横溝正史ミステリ大賞(2015年4月号)
2015年3月9日 本格トリックを創るのが苦手な人が ミステリーを書くには(2015年3月号)
2015年2月9日 江戸川乱歩賞(2015年2月号)
2014年11月9日 松本清張賞(2014年11月号)
2015年1月9日 福山ミステリー文学新人賞/鮎川哲也賞(2015年1月号)
2014年12月9日 アガサ・クリスティー賞(2014年12月号)
2016年1月9日 新潮ミステリー大賞(2016年1月号)
2015年12月9日 島田荘司推理小説賞(2015年12月号)
2015年11月9日 江戸川乱歩賞(2015年11月号)
2015年10月9日 小学館文庫小説賞(2015年10月号)
2015年9月9日 野性時代フロンティア文学賞(2015年9月号)
2014年10月9日 横溝正史ミステリ大賞(2014年10月号)
2014年9月9日 野性時代フロンティア文学賞(2014年9月号)
2014年8月9日 小学館文庫小説賞(2014年8月号)
2014年7月9日 日経小説大賞(2014年7月号)
2014年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞(2014年6月号)
2014年5月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞(2014年5月号)
2014年4月9日 小説すばる新人賞(2014年4月号)
2014年3月9日 日本エンタメ小説大賞(2014年3月号)
2014年2月9日 小説現代長編新人賞(2014年2月号)
2014年1月9日 江戸川乱歩賞(2014年1月号)
2013年12月9日 日本ホラー小説大賞(2013年12月号)
2013年11月9日 鮎川哲也賞(2013年11月号)
2015年7月9日 日経小説大賞(2015年7月号)
2015年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞(2015年6月号)
2013年10月9日 小学館文庫小説賞(2013年10月号)
2013年9月9日 野生時代フロンティア文学賞(2013年9月号)
2013年8月9日 日本ラブストーリー大賞(2013年8月号)
2013年7月9日 ゴールデン・エレファント賞(2013年7月号)
2013年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞(2013年6月号)
2013年5月9日 日本ファンタジーノベル大賞(2013年5月号)
2013年4月9日 小説すばる新人賞(2013年4月号)
2013年3月9日 新潮エンターテインメント大賞(2013年3月号)
2013年2月9日 江戸川乱歩賞(2013年2月号)
2013年1月9日 小説現代長編新人賞(2013年1月号)
2012年12月9日 角川春樹小説賞(2012年12月号)
2012年11月9日 松本清張賞(2012年11月号)
2012年10月9日 日本ホラー小説大賞(2012年10月号)
2012年9月9日 横溝正史ミステリ大賞(2012年9月号)
2012年8月9日 小学館文庫小説賞(2012年8月号)
2012年7月9日 日本ラブストーリー大賞(2012年7月号)
2012年6月9日 『幽』怪談文学賞(2012年6月号)
2012年5月9日 『このミステリーがすごい!』大賞(2012年5月号)
2012年4月9日 ゴールデン・エレファント賞(2012年4月号)
2012年3月9日 小説すばる新人賞(2012年3月号)
2012年2月9日 江戸川乱歩賞(2012年2月号)
2012年1月9日 朝日時代小説大賞(2012年1月号)
2011年12月9日 松本清張賞(2011年12月号)
2011年11月9日 日本ホラー小説大賞(2011年11月号)
2011年10月9日 キャラ立て(2011年10月号)
2011年9月9日 リアリティ(2011年9月号)
2011年8月9日 時代小説の文学賞(2011年8月号)
2011年7月9日 日本ラブストーリー大賞について(2011年7月号)
2011年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞について(2011年6月号)
2011年4月9日 日本ファンタジーノベル大賞について(2011年4月号)
2011年5月9日 日本ファンタジーノベル大賞 その2(2011年5月号)
2011年3月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞について(続)(2011年3月号)
2011年2月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞について(2011年2月号)
2011年1月9日 新潮エンターテインメント大賞について(2011年1月号)
2010年12月9日 小説現代長編新人賞について(2010年12月号)
2010年11月9日 松本清張賞について(2010年11月号)
2010年10月9日 新人賞を狙う基本常識について(2010年10月号)
2017年6月9日 日本ファンタジーノベル大賞(2017年6月号)
2017年5月9日 受賞に必要な要素(2017年5月号)
2010年9月9日 歴史群像大賞について(2010年9月号)
2010年8月9日 『幽』怪談文学賞長編賞について(2010年8月号)
2010年7月9日 日本ラブストーリー大賞について(2010年7月号)
2010年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞について(2010年6月号)
2010年5月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞について(2010年5月号)
2017年4月9日 新人賞が求めること、読者が求めること(2017年4月号)
2017年3月9日 展開を読まれてはならない(2017年3月号)
2017年2月9日 受賞するための三要素(2017年2月号)
2017年1月9日 アガサ・クリスティー賞(2017年1月号)
2016年12月9日 江戸川乱歩賞(2016年12月号)
2016年11月9日 時代劇で受賞するには(2016年11月号)
2016年10月9日 新人賞の選考基準(2016年10月号)
2016年8月9日 メフィスト賞 その2(2016年8月号)
2016年9月9日 強い女性刑事の書き方(2016年9月号)
2016年7月9日 メフィスト賞(2016年7月号)
2016年6月9日 『このミステリーがすごい!』大賞   その2(2016年6月号)
2016年5月9日 『このミステリーがすごい!』大賞(2016年5月号)
2016年4月9日 ばらのまち福山ミステリー文学賞(2016年4月号)
2016年3月9日 日経小説大賞(2016年3月号)
2016年2月9日 日本ミステリー文学大賞新人賞(2016年2月号)