ヨルモの「小説の取扱説明書」~その17 神の視点の効用~

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2020.07.10

 
公募ガイドのキャラクター・ヨルモが小説の書き方やコツをアドバイスします。ショートショートから長編小説まで、小説の執筆に必要な情報が満載の連載企画です。毎週金曜日に配信。
さて、第17回目のテーマは、「神の視点の効用」についてです。

相手の気持ちはわからない

たとえば、こんな文章があったとします。

聡美は断られたらどうしようと思いつつ、雄一を食事に誘った。
一方、雄一は雄一で、何かいいきっかけはないかと探していた。

「断られたらどうしよう」という聡美の心の中も、「何かいいきっかけはないか」という雄一の心の中も書かれています。
これは説明ですね。語り手が人物を通さず、客観的に説明した文章です。

神の視点であれば、こうした記述もできなくはないですが、一方の人物の視点で考えると、こんなことはあり得ないですよね。自分の気持ちはわかりますが、相手の気持ちまでわかったら、その人は超能力者か、読心術の使い手かと思われます。
要するに、リアルではないし、不自然です。

しかし、プロがやると、そうでもないんですね。

俯瞰で見ることができる

「来年劔岳一帯の三等三角網完成の仕事を私がやることになりました。(中略)あのあたりにまず最初に手をつけられた大先輩の御意見をうかがいに来たのです」
柴崎は手提げかばんから古田盛作が明治三十五年に測量して作製した立山附近の二等三角網図の写しを取り出してそこに置いた。
大先輩と云われたとき、古田の表情がかすかながら動いたように見えた。

(新田次郎『劔岳〈点の記〉』)

この小説の主人公、柴崎が、小説の冒頭で先輩の古田宅に意見を聞きに行った場面です。
柴崎は主人公ですし、ここでも、
〈古田の表情がかすかながら動いたように見えた。〉
と推測していますから、柴崎視点の小説だと思えます。
しかし、そうではないんですね。
このあとに、こうあります。

「出発点からくわしく訊きたいんだね」
と古田盛作はにこっと笑った。雄山の頂上に立ったあたりから話し始めようと思っていた彼にとっては、旅舎の芦峅寺村に話を引き戻されたのがかえって嬉しく感じられた。そういうことなら、はじめっからなにもかもすべて話しましょうと彼は云った。

(新田次郎『劔岳〈点の記〉』)

「雄山の頂上に立ったあたりから話し始めようと思っていた彼にとっては」も、「かえって嬉しく感じられた」も、古田が心の中で思ったことですね。
柴崎視点なら、ここはこう書くところです。

 古田盛作は、雄山の頂上に立ったあたりから話し始めようと思っていたのだろう。旅舎の芦峅寺村に話を引き戻されたのがかえって嬉しく感じられたようだった。そういうことなら、はじめっからなにもかもすべて話しましょうと彼は云った。

柴崎に古田の心の中を推測させました。これならすべて柴崎側からの視点ですので、視点のブレはありません。

ただ、神の視点にも効用があって、この場面で言えば、読者は柴崎にも古田にも入り込みにくい代わりに、二人を俯瞰で見ることができます。
そうすると、視界が広がって、作品が大きく感じられます。

映画やテレビにはカメラが何台もあって、いろいろなアングルから撮るので、それで場面が立体的になったりしますが、神の視点にはそういう良さがありますね。

ただし、かえすがえすも、描写が説明にならないように注意してください。

(ヨルモ)

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ヨルモって何者?

公募ガイドのキャラクターの黒ヤギくん。公募に応募していることを内緒にしている隠れ公募ファン。幼馴染に白ヤギのヒルモくんがいます。「小説の取扱書」を執筆しているのは、ヨルモのお父さんの先代ヨルモ。

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