結果発表

  • 文芸
  • 作文・エピソード

「お菓子とわたし」 作文コンテスト

主催
全日本菓子協会/シュガーチャージ推進協議会/全国菓子卸商業組合連合会
審査員
アグネス・チャン
> 募集要項はこちら

総評

【審査員アグネス・チャンより】
毎年、子供達の作文を読むのを楽しみにしていました。
今年は特に感動的な作文が多く、素直に感情を書き込んだ作文に
涙したり、笑ったり、胸が熱くなったりしました。
子供達の高い表現力に感激しました。そして、心の声が
聞こえる作文が多かったと思います。最優秀賞のお二人の
作文は読む人の心を揺さぶる、家族の絆をお菓子を通して綴ってありました。
お菓子は子供達の人生に大きな役割を果たしている事を改めて実感しました。
ステキな作文、本当にありがとうございました。
来年はあなたの番、是非応募してくださいね。

  • 個人対象/最優秀賞

    図書カード3万円分

    「私たちの誕生」 鹿児島県 小学校六年 女子 (小学生の部)(鹿児島県)

     私たちは、四人兄弟です。世の中におかしがなかったら、きっと私たちは生まれていません。
     昔、父は調理科の高校生で母は家政科の高校生でした。初デートの日、母は当時はまっていた、おかし作りにうでをふるい、パウンドケーキやクッキー、ゼリーなどたくさんおかしを作って行きました。一方、料理は得意だけどおかし作りをしたことがない父は、こんなにおいしいおかしを作れるなら料理はどんなにおいしいのだろうと思い恋に落ちました。でも実は、母は一切料理はできません。だから、けっこんしてからは、ずっと父が料理を作っています。
     でも、この話を聞いて、母が高校生の時におかし作りに、はまっていなかったら、私たちは生まれていませんでした。できれば私たちも母の手作りおかしを沢山たべたいです。

  • 「涙のアメ玉」 茨城県 中学校二年 男子 (中学生の部)(茨城県)

     私は母との二人暮らしでした。私は母が仕事から帰ってきてから仕事でもらってきたアメ玉を食べることが大好きで、毎日母が仕事から帰ってくるのは何時かなあと思いながら、生活していました。
     ところがある日、母がだいたいいつも帰ってくる時間帯をとっくに二時間も過ぎているのです。なので私は、心配になって母に電話をかけたら、母ではなく男の人が電話に出たのです。その男の人は病院の医者で、母は仕事から帰る時に交通事故に遭い思いダメージを受けたそうです。私はすぐに家を出て母がいる病院にかけつけました。母の治りょうはすでに終わったらしく、看護室で横になっていました。
     私は、泣きました。大泣きしました。涙腺が壊れてしまうのではないかというくらい、泣いていました。そして、病室で私は泣いたまま、母の横で泣き疲れて寝てしまいました。
     次の日、私が起きたら、母に頭をなでられながら起きました。そして、母を見た瞬間、また、泣いてしまいました。母は私に笑顔を向けながら私の大好きなアメ玉をくれました。私は泣きながらアメ玉を食べたためアメ玉の味は、あまりしませんでしたが母の私に対する思いがじんわりと伝わってきて、私は一つのことをふと思いました。
    「私は、今生きている全人類のなかで一番幸せ者なんだ。」
     私は今、母からもらうアメ玉をじっくり味わいながら食べるようにしています。でもたまに、病院でのことを思い出してしまい涙が出てきてしまう時がありますが、母が泣くたびなぐさめてくれるので、たまにわざと泣くこともあります。そんな私はとてもしあわせ者です。

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