結果発表

  • 文芸
  • エッセイ

「珈琲のある風景」エッセイコンテスト2018

応募総数
1,086点
主催
珈琲倶楽部船倉
審査員
出水沢藍子, 佐藤眞司
  • 金賞

    5万円

    「たまらなく可愛い笑顔」 尾藤寛(東京都)

     珈琲を飲んでいます。小学生の娘が流れてくれました。苦く、一生懸命な味です。
     仕事ばかりしていて、帰宅はいつも二十二時過ぎ。日付けが替わってしまうこともめずらしくありません。
     玄関を開けると娘が出迎えてくれます。「起きて待っていてくれたんだ。こんな時間まで」と、うれしく思いました。
    「もう遅いから寝な」
    「うん。もう少し、そうじしたら」
     母親や弟妹は寝静まっている中、一階で宿題をやったり、部屋の片付けをしていたり。
    「今日、となりで寝てもいい?」
    「うん、もう少し仕事があるから先に寝て」

     台所でガサゴソと音がします。インスタントの珈琲を探し、「パパ、どれくらい入れるの?」「お湯はどうやって沸かすの?」と声がきこえます。大きいガラスのコップに、いっぱいに注いだ珈琲を、重くて、手をぷるぷるとふるわせながら、持ってきてくれました。
    「何で寝ないのだろう?」と、ふと寝室をのぞくと、母親を中心に、両隣を弟と妹がしっかりとキープして眠る姿。
     いつも母親の隣から弾かれてしまい、寂しさを募らせていたのでした。
     それならばと、父親の帰りを待ったのです。起きている理由をつくり。
     苦くて、とても苦くて、寂しさがしみわたった一生懸命な味です。
    「そろそろ寝ようかな」
    「うん」
     ほっとした、娘の笑顔が、たまらなく可愛かったです。「ごめんね。もっともっといっぱい遊ぼうね」
     仕事は大事。だけど家庭はもっと大事。娘が初めて淹れてくれた珈琲の想い出です。
     今では、仕事を色々と工夫し、早く終わらせ、帰宅するようになりました。

    作品講評

    応募総数1,086点、その中から選りすぐりの34作品が最終審査に残った。審査員の意見が分かれ、何度か話し合いを重ねたすえ、「たまらなく可愛い笑顔」が金賞に輝いた。
    仕事で帰りが遅い父親の帰りを待って、コーヒーを淹れる小学生の娘。母親を幼い弟妹に占領された彼女は、父親のそばで眠りたいと帰りを待っていたのだ。たぶん初めて淹れたのだろう、手をぷるぷる震わせながら持ってきたコーヒーは、とても苦く寂しい味がした。
    仕事に熱中するあまり、子供の心に耳を傾ける余裕のなかった自分を省みる若い父親の心情がつづられる。たんたんとした文章表現に、けなげな娘への想いがあふれている。(一部抜粋)

    作家・審査委員長 出水沢藍子

  • 銀賞

    3万円

    「珈琲の風景」 村上和弘(京都府)

     私は若い頃、京都で外国からの観光客をガイドする通訳案内士の見習いをしていた。私の師匠は本職が牧師で、週に二、三度観光ガイドをしていた。彼のアシスタントをするうちにプライベートでも付き合うことが多くなり、バイクでツーリングをしたり、教会の仕事を手伝ったりもしていた。師匠はジョークの達人で、いつも笑顔のひげ面を見ているだけで楽しかった。また彼のライフスタイルは質素ではあるが、独特で洗練されており、自分にとっては目標にすべき憧れの存在であった。
     そんなある時、師匠から私に絵葉書が届いた。師匠は九州方面を旅しており、ふと立ち寄ったカフェでこの葉書を書いているようだった。絵葉書と言っても、土産物屋で買った絵葉書ではない。葉書の裏面いっぱいに、カフェから見える街の風景を師匠自ら描いたものだった。全体的にセピア色で、淡いトーンの素敵な風景画だった。
    「あまりに素敵な風景だったので、絵を描きたくなりました。絵具もペンもないので、コーヒーで描きました。」
     セピア色だったのは、コーヒーを絵具にしていたからだったのだ。おそらく細い線は爪楊枝にコーヒーを浸して描き、塗りつぶしてある部分は指にコーヒーをつけて描いたのだろう。塗り重ねて濃淡をつけており、味わい深い。水墨画ならぬ珈琲画であった。テラス席でコーヒーカップに指を突っ込み、長時間絵を描いている師匠の姿がありありと目に浮かび笑えた。と、同時に相変わらず粋なセンスと画力に圧倒された。
     葉書を顔の前に持ち、鼻から大きく息を吸い込むとコーヒーの香りがした。口の中に広がるコーヒーの苦みさえ、感じた。

    作品講評

    銀賞の「珈琲の風景」は、コーヒーを絵の具にして描いた絵葉書が題材である。さまざまなコーヒーシーンが出てくるこのコンテストだが、珈琲画を扱った作品は10回目にして初登場である。「葉書を顔の前に持ち、鼻から大きく息を吸い込む」というユニークな体験談を、生き生きと描く。(一部抜粋)
    作家・審査委員長 出水沢藍子

  • 銅賞

    1万円

    「琥珀色の天使さん」 吉田恵利子(埼玉県)

    「あの角、曲がってみようか」
     娘の私は、ぎしぎしと母の車いすを押す。入院してすでに三か月。病院の近辺を車いすで散歩するのが母のささやかな楽しみだ。
    「見て! あのお庭、すてきじゃない?」
     山小屋風の佇まい。庭には柵がなく、黄色やうす紫色の草花が咲き誇っている。
    「まあ、自然な感じがいいわねぇ」
     母の声がぱっと明るくなった。すると、玄関から、小柄な老婦人が顔を出した。
    「すみません。庭がとてもすてきだったものですから」と、微笑みながら近づいてくる老婦人に、私は頭を下げた。
    「どうぞ、見ていってください」
     そのとき、家の奥から、豊潤な香りが風に乗って運ばれてきた。そう珈琲の香りだ。
    「豆は、グァテマラですか?」と母が言う。
     老婦人は一瞬驚いた様子だったが、すぐにふふふと楽しげに笑った。
    「大正解! いまキッチンで豆を挽いていたところなの。よかったら、庭のテラスでご一緒に、一杯いかが?」
    「まあ、ありがとう。でもね、私はいま入院中なの。水分制限をしているから珈琲は飲めないのよ」と、母は寂しそうに言った。
    「そうでしたか……」老婦人の顔が陰った。
     母は珈琲が大好きで、入院する以前は、挽き立ての珈琲を淹れるのが朝の日課だった。「ちょっと待ってくださる?」と、老婦人は急いで家の奥に入り、再び笑顔で現れた。
    「これ、よかったら、どうぞ」
     ガーゼに包まれた小さなサシェ。母は手に取ると匂いをかぐ。パッと顔が華やいだ。
    「グァテマラの香り! 癒されるわぁ」
     帰り道、何度も何度もそのサシェを鼻に当て、豊潤な香りを胸いっぱいに吸い込む母。
    「すてきな人だったねぇ、あの人はおとぎの国の天使かねぇ」「ほんとね、きっと珈琲天使よ」。幸せに包まれながら、母と私は、夕日が射し込む曲がり角をまがった。

    作品講評

    銅賞の「琥珀色の天使さん」は、入院中の母親の車椅子を押して散歩していたときの出来事を書いた。コーヒーに目がない母親と豆を挽く老婦人、初めて会っ たのにまるで旧知のような会話が交わされる。共通の好物を話題にしているとき、しばし母親は病気のことも忘れたことだろう。
    学生時代に古道具屋で買ったフランス製のコーヒーミルへの愛着を書いた「一夫多妻」や、コーヒーにミルクを入れた時に広がる様子を「龍の吐く息が宵闇へ もくもく広がって夜霧を作り出すよう」とたとえ、みごと交際相手のハートを射止めた女性のことを書いた「龍の吐く息」なども読み応えがあった。(一部抜粋)
    作家・審査委員長 出水沢藍子

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