結果発表

  • 文芸
  • エッセイ

grape Award 2018 『心に響く』エッセイコンテスト

応募総数
695点
主催
グレイプ(ニッポン放送グループ)
審査員
山本渉, 吉元 由美
> 募集要項はこちら
  • 最優秀賞

    20万円

    「夫に初めて恋をした」 渡辺 惠子(徳島県)

    あれは昨年の師走の出来事だった。大掃除も兼ねて断捨離をしようと、押し入れの中を片付けていると、四角い箱が目にとまった。

    中身は、結婚前に私が夫に贈った、手編みのセーターだ。夫が袖を通さなくなってから、もう30年近くなる。

    「これ、全然着てないのに、もう捨てようよ」
    「あかんあかん。そのうち着るから」

    私たちは同じ台詞を毎年のように繰り返していた。そして私があんまり執拗に言うと、夫はムキになった。
    「何、言うてんの。僕のこと思うて一生懸命編んでくれたセーターやのに、捨てられるか!」

    夫の言葉は、私の胸にズキンと突き刺さる。

    私が夫と出会ったのは24歳の時だった。夫にときめきを感じるわけでもなく、かと言って嫌なところも見つからなかった。両親の強い勧めもあって、これが果たして恋愛感情と言えるものなのか確信できないまま、2人の交際はずるずると続いていた。

    その頃、私の友人たちの間では、彼氏ができたら、手編みのセーターを贈るのがブームになっていた。ある日のこと、私はデートの別れ際、軽いノリで夫に口走った。
    「私、あなたへのクリスマスプレゼントに、セーター編むつもりなんよ」

    夫は満面の笑みを浮かべながら言った。
    「君の思いがいっぱい詰まったセーター、僕は一生大事にするからな」

    私は帰りに大きな紙袋いっぱいの毛糸を買って、編み物が得意な祖母に見せた。
    「これから2ヶ月間で、セーター編むからな」

    すると祖母は、目を丸くした。
    「マフラーひとつ編んだことがないあんたに、袖付きのセーターなんか、編めるはずがないやろ! 早う彼氏に撤回してきな」

    祖母の言葉に、私はがく然とした。あれだけ夫を喜ばせたのに、今更、編めませんなんて、口が裂けても言えない!
    私は意気消沈して、部屋でふさぎ込んでいた。

    それから数日後、私を見かねた祖母が声を掛けてきた。
    「しゃあないな。彼氏のサイズ測ってきな。その代わり、おばあちゃんが編んだってことは、絶対彼氏に内緒にするんやで」

    私はその瞬間、祖母の顔が女神に見えた。
    それを機に、私は夫への贈り物を、祖母に丸投げした。その間の私の役目は、時々祖母の傍に行って、進行具合を確認するだけだった。

    そしていよいよクリスマスイブが来た。

    「上手とか下手とかは、どうでもええんや。君が僕のために貴重な時間を割いてくれたことが嬉しいわ」

    セーターを渡した時に夫に言われたこの台詞は、その後もずっと私の頭から離れなかった。

    結婚してから夫は、冬になるとそのセーターを着て、自分の両親や友人たちに自慢した。私はその姿を見て、日増しに後悔と、夫に対する懺悔の気持ちが募っていった。

    私は思い悩んで、祖母のところへ行った。
    「あのセーターやけど、夫にほんまのこと、打ち明けようかなあ」

    すると祖母は、首を横に振った。
    「世の中にはなあ、言うたらあかん真実もあれば、つかなあかん嘘もあるんよ。相手を悲しませるような真実は、今更言わんでええ」

    箱を開けてセーターを眺めながら、遠い昔の記憶に思い巡らせていたら、夫が傍にやってきた。

    夫と目が合った時、私はとうとういたたまれなくなった。
    「実は、このセーターなあ」

    その時、夫が私の言葉を遮った。
    「おばあちゃんが、編んでくれたんやろ?」

    突然の夫の言葉に、私は息が止まりそうになった。

    「何でわかったん?」
    私は蚊の鳴くような声で、夫に問いかけた。

    「だって、結婚してから君が編み物してる姿、1度も見たことないもん。
    そやけど、おばあちゃんちは、いつも毛糸が転がってたもんなあ」

    「今まで、なんで私に黙ってたん?」

    その時、夫は私から目を逸らした。
    「孫を助けてやりたい一心で、このセーター編んだおばあちゃんの気持ち考えたら、僕は一生気付かんフリをするつもりやったのに、君が先に白状してしもうたら、おばあちゃんが悲しむやろ?」

    2人の間でしばらく沈黙が流れた後、夫が急にハイテンションになって私に語りかけてきた。
    「なあ、僕が君より5歳上やから、多分僕の方が先に死ぬやろ。僕が棺に入る時に、このセーター着せてよ。天国に行ったら、おばあちゃんにお礼言わなあかんから。家に置いといたら君に捨てられてしまうから僕が着て行くわ」

    おどけて笑う夫の姿に、私は突然、胸がキューンとなった。
    「この人って、ほんまはめっちゃ優しい人だったんや」

    私はその時、夫に初めて恋をした。

新着公募情報

はお気に入り登録された件数です。

〆切ジャンルタイトル