
6月某日、「翡翠文学賞」の記者会見が行われるとの情報を聞きつけ、糸魚川まで取材に行ってきました。文学賞に対する市長の熱い思いとは。テーマである「ヒスイ」「奴奈川姫」、そこには何かヒントがあるはず。果たして。

さらなるヒスイの情報を求めてフォッサマグナミュージアムへ。
学芸員の方にいろいろとお話をうかがいました。
まずは歴史ミステリー。
ヒスイが発見されたのは昭和13年。
あれ、なんかおかしいですね。ヒスイは古墳時代から採取されていたはず。今さら「発見」ってどういうこと?

フォッサマグナミュージアムの展示。とにかく大量のヒスイの原石たち。

そのでっかいやつ。これ、おいくら?

ヒスイの原石は、光にかざすと透けてみえます。
約1000年に渡って、日本ではヒスイが産出されないと信じられてきました。
大昔、ヒスイを採掘していたということ自体、忘れられていたのです。
歴史学者の間でも、勾玉などに使われるヒスイは、遠くミャンマーから運ばれてきたと信じられていました。
そこへ昭和13年、糸魚川でヒスイが「発見」され、歴史が大きく塗り替えられたのです。
「なんだ、国内でヒスイを採掘していたんじゃないか」ってことに。
調べていくうち、勾玉に使われるヒスイのほとんどは、糸魚川産だということも分かってきました。
ヒスイ1000年の空白。
なんだか歴史ミステリーが書けそうですね。

勾玉っていろんな形があるんですね。

翡翠発見時のメモも展示されています。ここでは書けない裏話も聞かせてもらいました。
まだ謎は残っています。
糸魚川の縄文遺跡では、加工前・加工中のヒスイ製品は出土するのに、なぜか完成品がほとんど出てこないそうです。
これも諸説あるのだとか。
調べてみると、謎だらけ。面白いものですよ。

ヒスイの色の違いも学べます。探す人、必見です。

実は、フォッサマグナとヒスイの産出は、まったくの無関係なのだとか。

マンガ「宝石の国」とのコラボも企画されています。楽しみですね。
奴奈川姫についても。
糸魚川には、いくつもの奴奈川姫伝説が残っています。
古事記では、大国主命との日本最古のラブストーリーとして描かれていますが、ほかにもいろんな話があるそうです。
学芸員の方曰く。地形が影響しているんじゃないかと。
糸魚川はいたるところに、ユニークな地形が見られます。
フォッサマグナの西縁に位置しているということもあるのでしょう。
太古の人々は、変わった地形から想像を膨らませ、様々な伝説に発展していったんじゃないかと。
一度、糸魚川の地形を見ておいても損はありません。
小説執筆のヒントも多いのでは。

すぐ隣にある長者ケ原考古館。その昔、どのようにしてヒスイを加工したか、などが学べます。

ここにもありました! 奴奈川姫像。糸魚川市内、いったいいくつ存在するのでしょう。

縄文時代の集落が復元されています。
5回にわたって書いてきました糸魚川訪問記。
とにかく糸魚川は、ヒスイと奴奈川姫に対する愛情と情熱にあふれています。
「翡翠文学賞」の目的はそこ。
糸魚川から全国に発信できるよう、いかにしてヒスイの魅力を伝えることができるか、いかに奴奈川姫を魅力的に書けるか。
このあたりが応募作執筆のカギとなりそうですね。